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◇◇◇
終業を告げる鐘が鳴った。パソコンを落とし、机の上を片付け、袖机にしまって鍵をかける。一連の動作を手早く済ませ、鞄を持って立ち上がった。
いつもより素早い私の動きに周囲がわずかに顔を上げる。「お疲れ様です」と言えば、呆けた声で「お疲れ様です」と返ってきた。
学童クラブは、会社のある駅から電車で三十分ほどかかる。定時は十七時半、お迎えは十八時から十九時まで。充分に間に合う。駅を乗り継いで向かい、到着したのは十八時を十分ほど過ぎたころだった。
建物の横に掲げられている学童クラブの名前をまじまじと見つめ、二階建ての建物を見上げた。こういう場所に来るのは初めてだ。勝手が分からず、おそるおそるガラスの扉を押して開けた。
そこには、すでにお迎えに来たであろう大人の人が立っていた。下駄箱前で学童の職員と思しき女性と話している。子供たちの賑やかな声が始終聞こえ、時折、右から左へと小さな姿が走って横断していく。
「こんにちは」
どうしたものかと立ち尽くしていると、一人の女性が声をかけてきた。名札を首から下げているので、職員だろう。私を見る目が、少しだけ警戒しているように感じる。
「どうされましたか?」
「お迎えで来ました……あ、四倉悠希くんのお迎えで、えっと、お母さんから代理を頼まれていて」
慌てるあまり、しどろもどろになってしまった。これでは不審だ。急いで鞄を開き、真希ちゃんから預かっていた手紙を取り出した。予め話は通してあるが、念のためと渡されていたものだ。差し出すと、女性が笑顔になって受け取る。
「お名前を伺ってもいいですか?」
「宮丘です。あっ、私、他人じゃなくて、お母さんとはいとこ同士で、苗字は違うんですけど、その」
「大丈夫ですよ」
私の慌てっぷりがおかしかったのか、眉を歪めて笑われてしまった。恥ずかしい。もっとスマートに堂々とできないものか、と思いつつも、こんなこと初めてするのだから仕方がない。
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