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「四倉さんからちゃんとお話は聞いています。悠希くん呼んでくるので、ちょっと待っていてくださいね」
そう言うと、奥の部屋へと向かっていった。玄関から見えるだけでもいくつか開け放された扉が見え、更には二階へと続く階段もある。外から見た時にはそんな立派な建物には見えなかったけれど、案外大きな施設なのかもしれない。
「花ちゃんだ!」
遠くから悠希くんの大きな声が聞こえ、私の方へと走ってくるのが見えた。その勢いのまま足元にぎゅっと抱きつかれる。
「お待たせ。帰ろうか」
「うん」
「あれ、鞄は……」
薄手の上着は着ているものの、その手に鞄らしきものはない。小学校が終わってから直接来ているはずだから、ランドセルを持っていなければおかしい。
顔を上げると、先ほどの女性が足早に近づいてきた。悠希くんの後を追ってきたのだろう。私が言うよりも早く、それに気づいて私と同じことを聞く。
「悠希くん、ランドセルは?」
「あおちゃんが持ってる」
「えっ、なんで」
そう言うやいなや、奥の部屋へと走っていってしまった。探しに行ってくれたのだろうか。足元にしがみついていた温もりが、いつの間にか離れていた。つまらなそうに俯く顔に、屈んで目線を合わせる。
「お友達にランドセル預けてたの?」
「あおちゃんは友達じゃないよ」
それは一体どういう意味だろう。思わず顔を歪めてしまった。この子に限って誰かを苛めるなんてことはしないと思うが、まだ幼いし、自覚が無いまま周囲に合わせてしまうことはあるかもしれない。
「あのさ、その子って」
「悠希」
低い、男の人の声がした。呼ばれた本人が顔を上げ、「あおちゃん」と言う。驚いて身体を起こし、声の主を見る。そこにいたのは、ランドセルを手にし、首から名札を下げた青年だった。
「帰るんなら、ちゃんと持って帰らないとダメだろ」
「ごめんごめん」
目の前でランドセルを渡す姿を、呆けて見た。なんだ、大人だったのか。あおちゃん、だなんて愛称で呼ぶから、てっきり同じ年くらいの子だと思っていた。しかも職員とくれば、友達じゃないと言うのは当然だ。
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