103人が本棚に入れています
本棚に追加
悠希くんがランドセルを背負って靴箱に駆け寄った。運動靴に履き替えている間、見送りの為かその場に残っている青年をちらちらと横目で見る。
なんというか、とても綺麗な顔をしている。若く見えるけれど、この手の顔の人は年相応の老け方をしないから、実年齢は不詳だ。
その目が、すっと私に向いた。まるでこちらの視線に気づいていたかのように自然と向き、次の瞬間、鋭く睨まれた。
「子供に変な遊び教えてんじゃねぇよ」
「は……?」
思わず間抜けな声が出た。訳が分からず、ただ口を開けたまま固まった私から視線を逸らすと、青年は悠希くんに声のトーンを上げて言う。
「じゃあ、また明日」
「うん。じゃあね」
そのまま私を見ることなく、背中を向けて奥へと歩いて行ってしまった。数秒呆け、心臓がどくどくと鳴り出した。驚きの余り、止まっていたんじゃないかと思う。次第に気分がどんよりと落ち込んでいく。なんだ、あの人、なんなんだ。
「悠希くん帰ろう」
明るく言ったつもりが思いのほか感情が出てしまっていて、その暗い声音に悠希くんが不思議そうな顔をした。
すでに暗くなった夜道を、並んで歩いて家を目指す。四倉家は学童から徒歩で十分ほどの場所にある。
「さっきのあおちゃんって人と、どんなことして遊んでたの?」
極力、なんでもない風を装って聞くと、「え?」と不思議そうな声が返ってきた。
「遊んでないよ。今日は、友達とずっと鬼ごっこしてたもん」
「でも、帰り際一緒にいたよね」
「お迎えきたよって呼ばれたから、ランドセル持ってて、って渡して走って逃げたの」
「え。なんでそんなこと……」
言いながら、まさか、と母親の姿を思い浮かべる。前に一度、似たようなことをされたことがある。
四倉家の夕飯に呼ばれた日のことだ。二人で買い出しに出かけ、揃って大荷物を抱えながら帰路を歩き、あと少しというところで「ちょっと持ってて」と言って渡された瞬間に走って行ってしまったのだ。
よくある彼女の悪ふざけなのだが、やられる方としてはただの迷惑行為でしかない。
最初のコメントを投稿しよう!