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「お母さんがいつもお父さんにやってるよ」
「やっぱりか……」
子供は親の行動をよく見ている。彼女もまさか、自分の知らないところで息子が真似しているとは思ってもいないだろう。
「もうやっちゃ駄目だよ」
「なんで?」
「あんまり楽しくないでしょ」
「楽しかったよ」
「やられたら、楽しくないでしょ」
私の言葉に黙り、少し考えたのか、「楽しくないね」と爽快に言った。分かってくれたような気がする。
「たぶん悠希くんのお母さん気づいてないから、教えてあげなきゃね」
「うん。言っとく!」
家に着いた頃には、時刻は十九時前になっていた。子供の歩幅であれば、十分の距離も倍近くになる。
渡されていた鍵で中に入り、電気を付けた。リビングには旦那さんからのメモが置かれていて、指示通りに冷蔵庫を開ければ夕飯が二人分、用意されていた。
手を洗ってうがいをし、二人で夕飯を食べる。他愛もない話をしながら過ごしていれば、あっという間に一時間が経ち、旦那さんが帰宅した。何度もお礼を言われながら悠希くんに手を振り、家の玄関を出る。
外の空気は冷たくなっていた。毎年秋は短く、あっという間に冬がくる。これから一か月間、この生活が続くのだな、とぼんやりと思った。ここから自分の家はさして遠くはないし、夕飯も用意してくれているし、何の苦もない。
けれど、とあの青年の顔が頭に浮かんだ。べつに毎日会うわけではない。たとえ会ったとしても、お迎えの一瞬だけだ。そう思いながらも、少し憂鬱に感じている自分に気付いて、はぁ、と重い息を吐いた。
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