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◇◇◇
「あ」
「あー……」
翌日、昨日の失態を念頭に置きながら、今度は堂々と学童の扉を開いた。誰か近くにいる職員の人を捕まえて、悠希くんのお迎えです、と胸を張って言えばいい。そう意気込みながら周囲を見回し、目が合ったのはなんと件の青年だった。
「あ、あの……えっと、悠希くん、を」
先ほどまでの威勢はどこへいったのか、結局この様である。また会うことになると思ってはいたが、昨日の今日で顔を合わせるとは油断していた。もしかして、お迎えの担当かなにかなのだろうか。
青年は私の前に立ち、じっとこちらを見下ろしている。元々の身長差もあるけれど、玄関の一段の差のせいで更に高さが生じ、威圧感を覚える。
嫌だな、早く連れてきてくれないかな。そう思っていると、突然、青年の頭が下げられた。私に後頭部を見せるかのような勢いで腰を折り曲げ、ぴたりと止まる。
「ごめんなさい」
驚いて言葉が出てこない。狼狽える私を窺うように、頭を上げてちらりと上目で見る。
「昨日、俺、勘違いして酷いこと言った」
「……ランドセルのことですか?」
「うん。……あ、はい」
言い直し、身体を完全に起こすと再び私を真っすぐに見る。鋭さがあるわけでもないのに、逸らしてはいけないと思わせるような意志の強さがそこにはあった。
「俺まだここきて日が浅くて、親御さんの顔とか全然覚えてなくて……。それで、あなたが母親だと思って」
きっと、悠希くんに聞いたのだろう。昨日、迎えに来たのは親戚の人だよ、と。
学童クラブの職員といえど、迎えに来る親の顔をいちいち覚えているわけではあるまい。昨日対応してくれた女性は私を初見だとすぐに気づいた様子だったけれど、きっとそれは、長年勤めている故だ。
「気にしないでください、お迎えきたら、普通は母親だって思いますから」
小学生の子供がいるように見えるのか、と少し気にしつつ、申し訳なさそうに眉を歪めたまま見つめてくる青年に両手を振った。
「でも、あの遊びは良くないと思う」
「あ、はい、そうですね……。きつく、言っておきます……」
悠希くんは、まだ帰り支度が終わっていないようだった。待っている間に書類の記入をお願いしたいと、青年は部屋の中に入るよう促した。靴を脱ぎ、スリッパを借りて後をついてく。
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