103人が本棚に入れています
本棚に追加
案内された場所は職員用の事務室のような場所だった。忙しい時間帯なのか、他の職員の姿は無く、当然、子供の姿もない。賑やかな館内の中で、ここだけが切り取った空間かのように静かだ。
「そこ、どうぞ」
青年は来客用と思われるソファを指さし、言った。腰を下ろして待っていると、部屋の隅の棚から書類を取り出し、戻ってきた。目の前のローテーブルに置き、向かい側に座る。
「これ、お迎えの人用の名簿。ここに名前と、緊急時の連絡先を書いてください」
そう言って、何枚もの束になっている書類を私に向け、一番下の空欄を指さした。児童の欄にはすでに『四倉悠希』と記載されている。ボールペンを受け取り、上の段に書かれている他の保護者を真似て書いた。
書き終わって返すと、今度はそれを見て青年が小さなカードに書き写している。私の名前を書いているようだ。
「何してるんですか? それ」
「お迎え用の保護者カード。一か月間だけだけど、これあった方が話が早いんで」
顔を上げず、ペンを走らせながら言う。そういえば、真希ちゃんがそんなようなものがあると言っていた気がする。予め職員によって作成された保護者カードを提示することによって、不審者ではないかという疑いが生まれずに引き渡しが出来るというわけだ。
保護者でもないのに、作ってもらっていいのかな。まぁ、昨日のような勘違いが起きない為にもあった方がいいだろう。この青年も、そう思って作ることにしたのかもしれない。
ふと、首から下げられている名札に目がいった。ちょうど裏返っていて見えない。『あおちゃん』という愛称が頭の中に思い浮かぶ。
「はい、これ、次回から見せてください」
「ありがとうございます。あの、あおちゃんは」
渡されたカードを受け取りながら言った。お名前なんていうんですか、と聞くつもりだった。けれど、私の言葉にぎょっとした顔で固まってしまった青年を前に、続きが途切れた。
「あ、ごめんなさい。悠希くんがそう呼んでたから」
「……それ、は……あの、子供たち用っていうか……。仲良くなれるように、そういうのあったほうがいいっていうから……その」
言い訳のように言葉を連ねながら、顔がだんだんと赤くなっていく。大人に呼ばれることを想定していなかったのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!