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いい匂いがしてくる、ママは卵焼きを作っている。
ピ―ピーピー
炊飯器を開ける、大きな弁当箱に詰めた。
「あんた、あの子のとこ行くんでしょ、これ持って行ってくれる?」
「あ、うん」
ママは手際よく何かを詰めては片付けていった。そして、思い出すように話しはじめた。
「あの子ね、ここに初めて来たときはコロコロしててね、今の倍もっとあったかしら、かわいくってね、未成年は入れないって言ったら二十歳ですって、もう二年になるのね・・・」
「じゃ、二十二、俺のいっこしたか、でも、そんな太ってないっていうか、細いくらいですよね」
「拒食症よ、食べたり食べなかったりを繰り返す。今あの子は食べないモードに入ったの」
「そんなんじゃ、だからあいつ死んでもいいなんて」
「だから支える人が必要なのよ、それをわかってやれないのならさっさと消えることね、あの子のつらい顔はもう見たくないから」
「それ、矛盾してますよね」
「・・・そうかもね」
グラスに氷を入れたのを目の前に置くと、カウンターの男の隣に座り、ウィスキーを注ぐと男の前に出した。
「俺、金欠で」
「あら、昨日一万も出したくせに?」
「あれで最後」
「プー。おごるわよ」
「すみません、いただきます」
グラスを転がしながら話す
「オカマってさ、コンプレックスの塊でしょ、心と体の、この年になるとね、鏡見てぞっとするの、でもね、普通の男には戻れない、体は男でも、心は女どこかで男を求めてる、だから、深入りしちゃいけないのはわかってる、私も人間ですもの、好きな人が出来たらあの子を捨てちゃうかもしれない、でも今は、まだあの子を死なせたくない・・・あの子は女だから、思春期の頃からずっと嫌な思いばかりしてきた、つらい過去もある、仲間じゃないけど、ここに来れば、安心できるのよね・・・あの子」
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「ママさんは子供作れる体ですか?」
「産んでみたいのよね」
男は驚いた顔をした。
「アハハハ、面白い子ね、私、そっちはふつう、生殖器の方はね」
「そうですか、俺、ダメなんですよね」
ママは男の顔を覗き込んだ。
「へ、何、お仲間なの?」
「そうなるのかな、染色体異常、俺双子で後だったんでケンジなんですけどね、上は死産だったんです。俺は、中学の時にわかったんです、生殖機能に異常があるって、絶対に女腹ますことがないから、遊びまくってたんですけどね、あいつに会ってから、気持ちが・・・」
「そのことは親御さん知ってるの?」
「はい、弟は普通だったんです、だから俺は家に居られなくなった、高校からこっちに出て、大学も行きました、縁を切ったんです。家族と」
ハー、大きなため息、何かを考えながら話をしはじめた。
「あの子がここに来はじめてすぐ、救急車で運んだわ、すごい腹痛でね、子供がいるんじゃないかと思うぐらいお腹が出てて、病気だったわ、すぐに手術して、子宮を取っちゃった。あの子の母親がね、私にすごく感謝してくれて、これからも見ててくれって頼まれたの、丁度男に捨てられたころでね、ほっといたら多分あの子ほんとに死んでたと思う」
目を閉じればあの日がよみがえる。
手術を終え何日かたって母親がいったん田舎に帰った日
誰もいない病室、母親が置いていった果物ナイフ
「こんなものがあるからだ!」
着替えを持って開店前に病室へ向かう。
「ご家族の方ですか。今個室に移しました、すぐに来てください」
何が起きたのかあわてて看護師の後をついていく。
胸の上には大量のガーゼが乗っている。
「ショックを受けたのか、これ、もって帰ってください」
渡された果物ナイフ。
あの子は胸にナイフを突き当てた。
鮮血が飛び散ったカーテンは、変えられることなく、退院の日まで釣り下がっていた。
「いいんすか、話しちゃって・・・」
「あんたの話聞いて、ゆらいじゃった。みお、任せていいかなって」
―おはようございまーす
―おはー、あれ?ケンちゃん
「いや~ン、ママ、同伴?なにそれ~」
「いいでしょ、さてと仕事しますか、ケンジ君、これお願い、後、はい、コレ貸してあげるわ、返してね」
女の部屋の鍵、男は頭を下げると、紙袋に入った弁当を持って女の部屋に向かった。
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