act3

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街はまだ夏の装い、昼間はムシムシとした日が続く、夕方になるとそれでも秋の涼しい風がそよぎ始める。 ピピピピ 「ん?ママから?」 《帰り寄りなさい》 何だろう、めったにないメール、遅番のこの日、九時に終わって店に向かった。 「いらっしゃい、ミーちゃん!待ってたのよー、元気?」 「もう、一か月も、何してたのよこの子は」 「ごめんごめん」 カウンターには見たことのないスーツ姿の男性 「よ、久しぶり」 声に聞き覚えがあった。 「もう、ミーちゃん来ないから、ケンちゃんずーっと通ってくれたのよ?」 「はい、これ、あんたのでしょ?」 紙袋に入った、白いシャツ 「ごめんなさい、今日は持ってきてない」 「別にいいよ、いつでも」 ちゃんと顔を上げて見れなかった、どんな顔をしているかなんて興味もなかった。すっと目をそらす。 ケンジは女の方をじっと見ている。 「いやーねケンちゃん、オオカミにならないでよ?」 「えー、自信ないな、ヒロちゃん、帰り送って行こうか?」 ―ママ、これだけ? ―ちょっといい ママは腕を引っ張ると、ちょっと奥へと連れて行った。 「つらかったらはっきりと断んなさいよ、私はあんたの味方なんだから」 「ん、ありがと」 「この間、何があったの?」 「なにもなかったの、ただビールかけられたでしょ、洗ってくれるって、それだけ」 「そう、それならいいけど、ねえ、ちゃんとご飯食べてる、又痩せたんじゃない?」 「ん、でも、オムライス食べたいな」 「食べてけば?」 グー 「お腹は正直ね、今作ってあげる」 「ありがと」 女はカウンターの一番端に座った。この席は、暗黙の了解でだれも話しかけないことになっていた。 男は近付こうとして止められた 「なあ、誰も相手しないのか?」 「あー、うん、あそこはね、今はあの子の指定席なの、寂しがり屋の指定席、ママがね作ったの、あそこに座った人には話しかけちゃいけないの」 「ふーん」 ―はいどうぞ ―いただきます。 手を合わせて頭を下げる女を男は頬えみながら見る 「へー、うまそうだな、ママ。俺も食べたい」 「高いわよ」 「へ、いくら?」 「そうね、ここずっと通ってくれたから、おまけして五千円でいいわ」 「五千円、たっけーでもうまそ」 入って来てから、煙草も吸わず、酒も飲んでない、言葉もおとなしい、男は女の方を見て微笑んだ。スプーンを口に運ぶしぐさがかわいく思えた。 「はい、特別よ」 「やったー、いただきます」 「ケンちゃん」 「はい?」 ママは顔を近づけるとどすの入った低い声で忠告した。 「あの子に手出すなよ!」 「へっ」 ケンジはママの顔を見上げた、鋭い目つき。 「彼女、ママのこれ?」 小指を出した 「そうね、そうかもね」 「へー、じゃ、俺、ママに決闘申し込もうかな、うめー、ちょーうめー」 みんなはケンジを見た。 「あんたそれ本気(ほんき)?」 「本気(まじ)」 ―やめときなよー ―だめだめ 「ごちそう様、ママ、また来るね、みんな、又ね、バイバイ」 店の店員が手を振る、女は黒い帽子をかぶって出ていった。 ママが店の音楽を止めた。客はいない。 「あんた、遊びだったらもう来ないでくれる?」 「へー、客選ぶんだ」 「そうね、選んでもいいと思うけど?」 「でも、また来るよ、ごちそう様、うまかった」 一万円出して帰ろうとする。 「ちょっと、多いわよ!」 「今度来た時用ってことで、預かってください、お願いします」 頭を下げて出ていった 「律儀―」「いい男よねー」「また来てねー」「まってるわぁー」
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