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プロローグ
「さあ、カイ。こちらにおいで」
差し出されたフォルフシュタイン家当主レオンハルトの白い手袋に包まれた手のぬくもりを、カイは知っていた。
「これからは、君がこのフォルフシュタインの女王だ」
「女王だなんて大げさですよ……」
ドレスの裾を気にしながら、カイはそっと自分の手を乗せる。故郷にいたときとは違い、爪はきれいに磨かれ、ささくれ一つなく手入れされているのを見て、自分がとてつもなく遠くへ来てしまったことを感じた。
「大げさではありませんよ、カイ様。フォルフシュタインの女主人は、代々女王蜂と呼ばれていましたから」
護衛のミカエルが表情を変えずに真面目な顔で言う。
(女王蜂だなんて、なんか怖そうだな……)
「それはね、この街がビーネバウム……蜜蜂の樹っていう名前だからだよ、カイさま」
好奇心旺盛な子猫のような表情を浮かべながら、カイの髪に飾るためのバラを持ってきたグラナートが、カイの心を察したように教えてくれた。
「俺が髪にさしてあげますね、フロイライン」
大仰な身振りでグラナートからバラを受け取ったウィリアムが、まるで姫にかしずく騎士のように恭しくそれをカイの髪に挿す。
「怖がることはないよ、カイ。未来は自分が作り出す……君が教えてくれたことさ」
長く白い髪を緩く束ねたエーヴィヒが微笑を浮かべながら、勇気づけるようにカイに語りかける。
「さあ、カイ。君のための舞踏会が始まる」
「はい、レオンハルト……」
カイは意を決して、華奢な靴に包まれた足を一歩踏み出すのだった―――
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