【中秋の名月・月齢14.0日】

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空高く輝く銀色の月。 窓ガラス越しにそれを見ていた中田優兎(なかだ・ゆうと)は、白湯が入ったマグカップを握り締めた。 (月) 見なくても判るそれを視界に収めて確認する。新月から少しずつ太っていくその月を、優兎は体で感じてしまう、体がどうにもパワーが溢れてくるのだ。真ん丸のその姿を見ると、どうしても浮足立ってしまうのを抑えきれない。 「見える? 中秋の名月」 母の有希(ゆき)が声をかけた。優兎のそれが月の夜の晩に起こる生理現象だと知っている。優兎は月に惹かれる、それを止めることはできなかった。 特に満月はその症状が強く出るようだ。 まあ判らなくもない。マンションのベランダなど月明りが差し込むこともないが、それでも中秋の名月だと台を出してススキと稲穂と団子を飾った、自分だって浮かれている。 リビングの脇の東の空が望める腰高の窓、そこに昇る丸い月を優兎と並んで見つめた。 「きれいね」 「うん」 だが優兎には中秋など関係ない、月はただ興味を惹かれる存在だ。 「──やっぱり、行ってこようかな」 優兎はうずうずと体を動かしながら言った。 「ふふ、少し発散するのもいいかもね」 母は笑顔で応える。 優兎は実の子ではない、山で拾った。その時から不思議な力を持っていた、その力が月の満ち欠けと関係していることも判っている。 満月の日はその力がピークになる、それを押さえつければもしかしたら本当に『狼男』の伝説のように暴れてしまうのではないかと思えた。だからガス抜き代わりに夜の散歩を許していた。 長身の優兎の髪を撫でこちらを向かせると、頬を両手で包みそっと額同士を押し当てる。 「夜が明けるまでには帰ってくること」 優しく言い聞かせた、優兎はうん、と嬉しそうに答える。 母が手を放す前に、優兎の頬から手が離れた。わずかに優兎のつま先は床から離れている。 元々高かった優兎の視線が更に上になる、優兎は身を屈めて窓の錠を外し開ける。 「行ってくるね」 笑顔を残し窓をくぐった、腰高の窓の外には花台はおろか庇すらない。地上22階、そこをためらいなく出て行くが、その体は落下などせず、むしろ少し上昇する。 室内から見送る母の目の前で、優兎はなにもない空中を軽く蹴った、まるで水泳選手のターンのようだ、伸ばした指先は月に向かっていた。
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