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雲ひとつない空を長身の少年が飛んでいく。都会で中秋の名月を愛でる者は少ない、それに気づいた者はいなかった。
☆
遡ること約1年と5か月前。
神奈川のある山中、神社の本殿の脇にある摂社の屋根に白い小石があった。真っ白と言うよりは、少し透明感を感じる白さだった。
その石は何年もそこにあって、陽に当たり、風に吹かれ、雨に打たれては月明りを浴びた。苔むすほどの長い長い時間だった、だが不思議なことに苔は生えずにいた。
その石を本殿の屋根にとまっていたカラスが、羽繕いをしながら見ていた。鳥は本来夜には飛ばないが、その晩は特に月明りが強かった、白い小石がキラキラと光るのを頭を何度も傾けながら見ている。
カラスは光るものが好きだ、その興味を引くには十分だった。ふわりと飛び立ち摂社の屋根に降りると、カツンカツンと爪で音を立てながら歩いて石に近づいた。それはますます光り輝いて見えた、それがどうしても欲しくなったカラスは、自分には大きめと思えるそれを口にくわえて、大きな翼を広げると漆黒の空に舞い上がった。
寝床は山の中服、そこへ持ち帰ろうと森の上を飛んでいく。だがやはり少し大きかったようだ、嘴にくわえるには辛い、少し持ち直そうと思ったのが間違いだった、それはポロリと口から離れて、空よりも暗い森の中へ落ちて行った。だがカラスはそれを探そうなどとは思わない、そもそも気まぐれで持って帰ろうと思っただけだ。目の前からなくなれば何の関心もなかった。
その晩は満月が特にきれいに輝いていたが、注ぐ月明りが届かぬ森の中で、ノウサギのお母さんが産気づいた。くぼんだ地面でその時を迎える。
その背にコツン、と小さな衝撃を感じた、一瞬お産を忘れ耳を立ててそちらを見ると、直径2センチ余りほどの小さな白い石が転がっていくのが見えた、それは跳ねるように転がって少し離れたところで止まった。僅かに光って見える、間違いなくそれが当たったのだと判ったのは自分の背にも、砂がかかったように光がついていたからだ。
正確にはそれは、そのものが光っているのではなく燐光を放っていた。よく見なければ判らないほどの微かな光だ、それは風に吹かれると蝋燭の炎が消えるように消えた。さすがに、それが山の上の神社からカラスが盗み出したものだとは知らない。
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