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優兎が満月の夜は浮かれてしまう事は知っている、月が出ている間は仕方ないのだろうと諦めているようだ。
「家、どこ?」
「うん、磯子の山の上なんだけど」
通学路としては関内駅まで行って地下鉄で上大岡駅まで行き、そこからはバスか徒歩になるが、バスはあまり本数がないので美桜は歩いていた。確かに夜道は暗く、人通りもたっぷりあるわけではないが。
「大丈夫だよ、うちも慣れっこだから。少しくらい遅くなっても心配なんて」
学校での観測も度々やる、そのたびにこれくらいの時間にはなるのだ。
「俺が送ったほうが早いよ」
「え?」
言った時には二の腕を掴まれ、一気に空に飛び上がっていた。
「きゃあ! だからぁ!」
美桜は空を飛ぶことに慣れてはいない、いきなり宙に浮かべば不安になる。
「大丈夫、掴まって」
優兎の笑顔に騙された、文句を言いたくなる口を閉じ、両手で優兎のジャケットを掴む。ふたりは数十メートル上空で水平飛行に移ると、スピードを上げて移動を始める。
そのほんの数秒前、美桜が家の場所を説明している間に野原も通用口にやってきた。
「まあ、まだいる」
別れがたいのだろうとは思った、きちんと家の場所までは知るわけではないが、美桜は電車通学で、優兎は徒歩だと知っている。
「でも、時間も時間だし……」
本来の部活動の時間からは外れている、早く帰さなくてはと思いながら用務員に声をかけ、ドアを開けようと視線を戻した時には、ふたりの姿はなかった。
「──あら?」
一瞬でいなくなったような気がした、ドアを開け門扉に向かう間に左右を見るが、どこにもふたりの姿はない──若い子は歩く速度も速いのかとくらいにか思わなかった。
ふたりは抱き合うように空を飛ぶ。そこには障害物はない、スピードも歩くよりはるかに速い。電車の待ち時間もなく、そもそも直線で来れるのだ、わずか10分ほどで磯子の高台にある住宅街の中の我が家に着いた。
静かに着地し、足の裏に地面の感触を感じてから美桜は手を離す。
「あの、ありがとう」
手を後ろに隠した、優兎のぬくもりを背後できゅっと握り締める。
「いいえ。また明日ね」
明日も逢えるのか、そう思うと自然と笑顔になった。
「うん、明日」
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
「俺はまだ帰らないけどね」
「え?」
優兎の体がふわりと浮いた。
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