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二の腕を引っ張られ美桜は焦る、しかし振り解こうとは思わなかった、そんな自信はなかった。しかし優兎は途端に淋しそうな目になったことに気づく、美桜には長い耳がうなだれるのが見えたような気がした。
「美桜は優兎って呼んでくれないんだ」
「え、そん……」
そもそもそちらが一方的になれなれしく呼んでいるであって、なぜ自分がそう呼ばなくてはならないのだ、と思ってしまう。第一自分が主張したのはなれなれしく名前で呼ぶのが嫌だと言う事なのであって、なぜそれを強要されなくてはならないのだ、しかも朝っぱらから公衆の面前で告白されてしまった。
言葉も出せずに、ただ口をパクパクさせるしかない。
「美桜にとって俺は特別じゃない?」
しゅんとしたまま言われ、美桜の顔に朱がのぼる。朝の正門前である、全生徒の視線が痛い。
「と、特別、じゃない、とは言わないけど……」
なんとか言葉を絞り出すが、それ以上は続かない。
「優兎だよ」
優しい声が耳の奥にこだまする、これも優兎の魔法なのかと思えた、唇は自然に動き出す。
「……優兎、くん」
くん、はとても小さな声でつけ足した、優兎は口の端を思い切り釣り上げて微笑む。
「美桜、行こう!」
腕を掴んだまま歩き出す、美桜にはそのまま飛んで行ってしまうように感じられて、恐怖が込み上げた、皆の前で飛び上がったりしたら……。
「わ、判ったから、中……優兎、くん、離し……っ」
完全に置いてきぼりになったみのりは肩を竦める。
「幼稚園児か」
笑顔で呟いてから、ゆっくり歩き出した。ふたりのやり取りは恋愛感情など感じなかった。
4階の廊下の教室のドアの前、いつものように岡本たちが固まっている。優兎を見つけて照準を合わせたと美桜には判る。
「優兎、くん、前のドアから入ろう」
黒板側の引き戸は、昇降口からは遠くなる、優兎の席からも。
「えー別にいいよぉ」
優兎にだって何をされるか判っている、美桜の心配も。
「おはよう!」
岡本にも挨拶をして引き戸を抜けようとすると、その目の前で引き戸が閉まった。岡本はにやりと笑って優兎の反応をうかがう。
「おっと」
優兎はぶつかる前に止まった、間近で見た美桜はさすがに腹が立つ。
「もう、なんなの、毎朝中田を狙って──」
「優兎」
「んもう、今はそれどころじゃ……」
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