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三度目の空中遊泳だ、少しは慣れたかもしれない。パジャマのままの飛行に、おとぎ話の登場人物になったような気持ちになった。このまま違う世界に行ってしまうのもいいかもしれない、そんな気持ちにすらなってしまう。
「ど、どこへ行くの?」
慌てて聞いた。
「遠くでも近くでも。もっと月の近くまで行ってもいいし」
「ねえ、月までって行けるの?」
「それは無理。新幹線でも何日かかるか知ってる?」
「えっと、何日だったっけ?」
本で読んだような気がしたが、すっかり忘れた。
「53日」
「ああ、そうだった」
行けなくもない時間だったと思ったのを思い出す、もっともきちんとエネルギーの補給と、空気や食事の確保もできていてのことだ。
「アポロ11号でも四日くらいかかったよね」
人類を初めて月へ運んだ宇宙船だ。
「アポロ11号で秒速11㎞、その加速や宇宙空間での体への負担も俺の力で守ってやれるけど。宇宙空間で力を失くしたら、どうなるかなんて想像したくないな。月に近づけば俺の力は増すかもしれないけど、その確証はないし」
月を見上げて語る優兎の顔を、美桜は不安と期待が入り混じった目で見つめた。
のんびりとマイペースだが、勉強熱がないわけではないのだ判った。自分たちが生まれるはるか前の事を知っているのだ。
「宇宙には行ったことがあるの?」
「静止衛星の軌道くらいまでは。月に呼ばれている気がしてならなくて、とにかく行ってみようと思ったことがある。でもそこまで近づいても月に呼ばれる声が大きくなるわけでも近くなるわけでもなかったから、諦めて降りた」
「優兎は月から来たわけじゃないんだ?」
「俺はかぐや姫じゃないよ、ウサギから生まれてる」
真剣に話す優兎に美桜は吹き出してしまう、当然優兎は眉間に皺を寄せた。
「ごめん。かぐや姫じゃないって言うけど、ウサギが親っていうのも十分ファンタジーじゃんって思ってさ」
「だって。本当の事だもん」
「そうだね」
なんとも不思議な話だ。
「ウサギの家族も人間にはならないって言ってたよね。なんで中田だけ」
「優兎」
「あ──うん、優兎だけ人間になれるんだろう?」
「さあ。俺が知らないだけで、実は俺は月から来たのかも?」
「それは納得いくね」
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