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まもなく生後半年、そろそろ白ウサギも大人になる。恋もしなくてはならないが、なぜかそんな気持ちにもなれずにいた。ばったりあった兄弟が子供ができたと言っていたのも、そうかと思っただけだった。
その日も食事を探しに森を飛び跳ねる、その時金属がかち合う音が響いた、連続するそれは風が奏でるものではないと判った。興味を引かれて音の発生源へ向かう、
荒い鼻息がする、ガシャンガシャンと響く金属音、地面を掻く音もする。生い茂る葉の向こうに黒茶色の巨体が見えた、大きな牙を持つイノシシの左後足がトラバサミに挟まれていた。周りの土が抉れている、半径2メートルほどの範囲で草木もない、相当暴れまわったのだろう、金属の尖った歯で挟むトラバサミはイノシシの足に深く食い込んでいた、見ているだけで痛々しい。
目の前でイノシシは再度突進した、勢いで外そうとでも言うのか、必死だから痛みも感じていない様子だった。ガシャン!と大きな音を立ててイノシシは急ブレーキをかける、血飛沫が飛び散った、イノシシの鼻息が土を吹き飛ばす。
白ウサギはぴょんとイノシシの目の前に飛び出した、イノシシは一瞥しただけで再度脱出を試みようと体の向きを変える、それを白ウサギが止めた。
なんだ、とイノシシは鼻息を荒くしたまま白ウサギを見る。白ウサギはトラバサミに手をかけた、だがどうにも力は入らない、それがヒトが仕掛けたものだと知っている、ヒトならば外せるのだ、ならば──白ウサギは体を震わせた、ふわりと体が変化する感覚はもう慣れた。
目の前で白ウサギがヒトの子になったことにイノシシは驚いた。イノシシは長く生きている、ヒトに会ったことはあった、登山客のときもあれば、銃を持って追いかけられたこともある。しかしウサギがヒトになるのは初めて見た、首をかしげている間に白ウサギの少年はトラバサミに手をかける。
それを外すには予想以上に力は必要だった、手だけでは外せない、だが『力』と使えばそれはぱかっと口を開いた、その瞬間をイノシシは見逃さない、すぐに足を引きトラバサミから逃れた。白ウサギの少年はそれを放り出した、それは空中で再度大きな音を立てて金属を歯をかち合わせた。
イノシシの礼は鼻息だけだった、少年はうんうんと頷き応える。足を引きずりながら森へ消えていくイノシシの後ろ姿を見て満足だった。この体の使い道を初めて理解した瞬間だった。
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