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森をうろうろしていると、時々雌ウサギに出逢う時がある。
相手は興味ありげに白ウサギに近づいてくるが、白ウサギは無関心だった。鼻を寄せるだけの挨拶をしてすぐに離れてしまう。
ウサギは準備さえ整えば生後三か月から生殖も可能だが、白ウサギはそんな気持ちにはならなかった。あるのは食欲と睡眠欲くらいだ。
おいしい草を見分けられるようになった、普通のウサギは地面の草しか食べられないが、白ウサギは木の葉や花もおいしいことを知っていた、それが食べたくなるとヒトに変化して食べた、手も届かないほど高いところにある木の芽は、体を浮かせて取ることもできた。
秋が深まってきた頃、森を跳ねまわっていると足に縄が絡みついた。くくり罠だ。
暴れて解こうとした、だが余計に締まってくる。罠をよく見れば、縄の片方を引けば緩むと理解できた。ウサギの手では無理だ、こんな時こそヒトの姿にならなくては。
軽く念じただけで白ウサギからヒトの姿になった、だがそうすると足の太さが変わったのだ、よけいに締まり痛みが増した。
早く取らなくては、最初から『力』を使えばよかったと臍を嚙み、またウサギに戻ろうと念じた時──。
「まあ、大変!」
女の声がした、少年は慌てて声の方を確認した。トレッキング姿だが少年には判らない、布製の大きなつばの帽子をかぶった中田有希は草をかき分け少年に近づく。
「淳ちゃん、来て!」
呼ぶと遠くで「おお?」と男の声がした。
「なんだよ、お花摘みに付き合わせるなよ」
お花摘みとは屋外で用を足すことだ、有希はどうしても我慢ができず、ちょっとだけ、と登山道を外れたところだった。
「違うの! 男の子が罠にかかってる!」
「ええ?」
有希の夫・淳一朗はその姿を確認した。全裸の少年がくくり罠に右足を取られ脅えている、歳の頃は10代前半と見えた。
「……なんでこんな子が……」
何故裸で罠に足を取られているのか、すぐに虐待が頭に浮かんだ。
「大丈夫よ、今外してあげるからね」
有希が優しく言うが少年は逃げ出そうと暴れていた、だが悲鳴や奇声を上げるわけでもないのが不思議よりも不気味に感じる。
(まさか。生まれてすぐ捨てられて、山の動物に育てられたパターン?)
淳一朗は思う。
「暴れると痛いでしょ、待ってて、じっとしてればすぐだから」
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