【中秋の名月・月齢14.0日】

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有希がその傍らに膝と付こうとした時、少年の姿がぼやけた。 「え?」 淳一朗と声が重なった、驚きを含んだ声に目の前に起きたことが夢や幻ではないと肯定してると判る。ふたりで同時にそれを目撃したのだ。 ぼやけた映像が焦点を結んだ時、罠にかかっているのは小さな白色のノウサギに代わっていた。 「……なん……」 それ以上は言葉が出なかった。間違いなく少年がいると思い有希は淳一朗を呼んだ、呼ばれた淳一朗も全裸の少年に虐待を疑った。右の足首を縄で縛られ近くの木に繋がられていた。 なのに、そこにいるのはノウサギに間違いない。 「……えっと……私、疲れてるのかしら。子供が欲しいって望みすぎ?」 結婚10年、5年目から不妊治療をしていた、だがまだ子宝には恵まれていない。週末に淳一朗とふたりで出かけるのも楽しいと思いつつ、我が子を抱きたい願望も捨てきれずにいた。 「いや……うん、疲れてるのかも……」 淳一朗も不妊治療には協力的だが、正直ふたりきりの生活も悪く無いとは思っている。有希が欲しがるからその願いを叶えてやりたいと思うくらいだ、その自分にも幻が見える訳がない。 「えっと……とりあえず、見つけちゃったから、罠は外してあげようか」 「でも、それを仕掛けた人がいるんだろう? 禁猟のトラバサミならまだしも、くくり罠じゃ怒られるぞ」 「でも、つかまったウサギはどうなるの? この子が食べられちゃうなんて想像もしたくないわ」 戸惑い見下ろすふたりの視線を、白ウサギはこの姿に驚いていると理解できた。それはいけないと白ウサギは再びヒトの姿に変化する、だがそれによりさらに驚かせてしまったと判り焦る。 「ああ、いいのよ、大丈夫だから、暴れないで」 有希の優しい声にも気づいていないようだ、淳一朗は不可思議に思いながらも、全裸の子供が可哀そうになる、着ていたパーカーを脱いで少年の体に掛けそのままぎゅっと抱き締めた。 「足、痛いんだろ、ちょっと我慢しろ、男の子だろ」 それでも足はじたばたと動いていた、それを淳一朗が大人の力で押さえつける。その隙に有希が縄を緩め、少年の足を縄から抜いた。 既に足首より先は青くなっている、縄の跡には血が滲んでいた。 「可哀そうに」 有希はポケットからネッカチーフを出し、それを足首に巻き付けた。
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