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自分のデスクに戻ると、携帯が光っていたので確認する。
"部長、お疲れ様です。バイヤー商談無事終わりました!手応えは少しあります!このまま一旦戻り13時くらいに着きそうですが…お昼行っちゃいましたか?"
"お疲れ様です。ご苦労様でした。まだ昼は取ってないので外で食べましょうか。駅に向かいますよ。"
"ありがとうございます!駅に45分着になりますが適当に待ってるのでいつでも来てください!"
そろそろ出ないと着いてしまうようだ。
営業ボードに13時戻りと書いてある松下くんの欄を、14時戻りに書き直す。そして私も昼休憩 14時戻りと書き会社を出た。
今日は私も彼も、すでに頑張った。
駅まで行くし何かいいもの食べたいと思う。
「今日何食べましょうかねー!」
「松下くん、今日は私が行きたい店があるんですけど、そこでもいいですか?」
「えっ、珍しいですね!部長がそういうこと言うの!勿論行きましょうー!楽しみです!」
そう、向かったのは駅ビルのレストラン街にある豚カツ屋さん。夜はいい値段するが、ランチはそこそこになる。とは言っても1500円くらいはする。
待ってる人が2人いたが、ビジネス街のランチタイムにしては遅めなので出る客もそろそろ多いだろう。私たちは後に並ぶ。
「ここの豚カツ屋さんいつも混んでますよね!ここ来るとは思いませんでした!たまには豪華にランチするのもいいですね!すでにいい匂いするー!!お腹減りましたー!」
勿論いつも500円から1000円以下で済ませてる私達のランチだ。ここは私が奢る気でいるが、先に言うとつっかかってくるので言わない。スマートに会計するつもりだ。
タイミングよく2組お店から出てきたので、ほとんど待たずに店へ入る。人気な定番の定食を2つ頼み、セルフサービスのお茶を用意する。
席について早々に松下くんは商談のことを話してくれた。3つ提案した商品のうちひとつがバイヤーの舌に合わなかったらしい。その時は焦ったと言っているが、松下くんが営業に使っている提案資料には、モニタリング結果も載せている。どの客層が美味しいと言ったか、他社での評判なども詳細に。
モニタリングは時間がある時、取り扱ってもらってる店舗に相談して店頭に立たせてもらい実施したり、トライアル価格で提案し、1日限定で販売、それから試食を実施したりなんかしている。
モニタリングに費やす時間や労力が直接的に売り上げに直結しない事から、積極的にしない営業も世の中沢山いるが、彼はそれをしていたお陰で今回のように説得力を持ってバイヤーに数字的アピールでプレゼン出来たわけだ。
「新規定番品として3つとも採用されるのは多分難しいと思うんですけど、バイヤーがやってみたいって口に出してくれました!スポット品の実績も悪くなかったみたいで、うちの商品とサンディの客層は合っているとバイヤーも感じてるって!1つでも決まれば万々歳!卸価格も微調整あるかもしれませんがそこまで問題ない範囲だそうです!」
「それは好感触みたいですね、中々上出来だと思いますよ。ただ口から出た言葉はまだ信用できませんから、あまり調子に乗っててはいけませんよ?松下くんは素直故にすぐ信じてしまって、痛い目見る時ありますからね。」
「うっ…おっしゃる通りです。採用の連絡くるまで、はしゃぐのやめます!!」
この素直さが良いところなのだが、仕事上では短所になってしまうときもある。
話していると、カラっと揚がり、綺麗な狐色した豚カツが目の前に置かれた。ナイフで切ると、サクサクとした音がまた美味しさを訴えてくる。肉は分厚く程よくピンク色をし、じんわりと肉汁か表面を滑っている。周りの衣は均等に薄く付いており、とても美味しそうだ。
いただきますと声に出して、切った豚カツを口に運ぶ。目と音で存分に感じていた、サクサクとした衣と柔らかくジューシーな肉が舌の上で交わる。
美味しい!
私は一回ずつナイフを入れて食べるタイプだが、松下くんは豚カツを全てカットしていた。切り終わりナイフを置き、食べ始める。
「うおっ、何これめっちゃうまい!!」
彼の表情は喋らなくても美味しいと訴えてきて、思わず口許が綻ぶ。
「とても美味しいですね、並ぶお店なだけあります」
ひとりだと、口に出して美味しい、と中々言えないものだと思う。2人だと共有できるからより美味しい。
…松下くんがいると倍以上。
気持ちは隠すけど、この幸せなランチの時間は奪わないでほしいと柄にもなく天に祈った。
トイレに行ってくるといい席を外したタイミングで会計を先に済ませる。駅ビルなのでフロアにあるビルのトイレを使う。サッとすませて店内に戻り、松下くんに出ようか、と声をかける。
私がご馳走様てしたと声をかけて店の外に出ると、彼は見た通りに戸惑っていた。
ふふふ、可愛いな。
レジの店員さんにお会計はすでに頂戴しております、とか言われてるんだろう。お財布を手に持ち固まっている。
彼は私が笑っているのを見て、少し顔を赤らめてお店を出てきた。「部長どうして、なんで!俺支払いますよー!なんて言ってるけど私はとてもいい気分だった。
してやったりだ。
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