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それは乾いた大地をただ潤すようなものであった。
最初はただぽつりぽつりと、落ちたはなから乾いていくようなささやかな存在で、それでもそれは確かに降り注いでは日々少しずつ潤していくのだ。
私はただ、強固というよりは頑なな存在で、乾燥しきった中で無駄に逞しく生きていた。
そんな無駄な逞しさも私は悪くはないと思っていたし、それでいいのだと間違いないと信じていた。
この感覚には嘘偽りもなく、それでいいのだと信じていた。
それが端から見たらかわいくないのだろう、少なからず敵対する感情の原因のひとつになっては私を生きずらくさせた。
でも気にしないことにした。それが正解なのだと思っていたから。今でもそれがやはり正解だったのだと、むしろ今だからこそ思う。
こんな私の前にあなたはまるで父のような、母のような、無償の愛と錯覚させるように、突然に現れたのだ。
私は気にもせずに過ごしていたのに、むしろ無視するように心掛けてさえいたのに、それでもなお無償の愛と錯覚させるように存在し続けた。
それはただ乾いた大地を潤すようなもので、ぽつりぽつりとしたささやかなものでも、これほどに続けばほだされもして、じわりじわりと充たされていくのを感じていた。
それはいいとか悪いとか考えさせる暇もなく、当然に存在し続けて、私の日常に紛れていったのだ。
そのときは浸透していく心地よさに身を委ねていた。それが何であれ、私は何でもいいのだとそのときは思っていた。
おはようとかまたねとかそんな挨拶を当たり前にするところも、少し帰りが遅くなったときとかに入るちゃんと帰れた?というメッセージも、気づかれたことに驚くような大丈夫?の言葉も。それらは全て、乾いた大地を潤すようなものであった。
それにすっかりと海をつくったような心は、この全てがあなたによってつくられていることを自覚していた。だからこそ、これは私の単なる油断でもあったのだろう。
合鍵を渡したのは私からだった。
その頃にはもう、あなたが家を訪れるのが普通であったから。
降り注ぎ続けたあなたは、強固であった私の感覚を確実に、いつ崩れてもおかしくないほどにしていた。
それは、色々なものが単純に、あっさりと崩れた日であった。
テーブルにぽんと無造作におかれていたのは、渡したはずの合鍵だった。
嫌な予感がして確認した通帳の残高は、いつ暗証番号を知ったのか、引き出せるだけ引き出されていた。
最低限の警戒心さえも崩してしまったそれは、今なお幻影が私の心をつかんで話さないような、今なお私の心を崩し続ける雨のような人であった。
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