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家に帰ると、ぱちと玄関の灯をつけて一息つく。
叔父さんはいつものように出迎えることはなく、こんな顔とびしょ濡れになった姿と傘を無くしたってことをすぐには知られない事にわたしは少しだけ安心感を覚えて、へたり込むように一度深呼吸をした。
目元を拭い、横顔に張り付いた髪の毛を耳にかけてお風呂場のバスタオルまで最短距離を描いていく。
湿り気を拭い、服を着替えて、買い物袋も少し雨に濡れていたのでそれも一緒に拭うなか、見えた卵に今日の楽しみを思い出して。
そう、そうだ、忘れよう。叔父さんに変な気を使われたくはないし。
オムライス。オムライスを作るんだから。
深呼吸。がなるような動悸は収まらず、まだ緊張しているのを自覚する。
顔を作るのはずいぶん久しぶり。リビングへの扉の前に立ち、最後の深呼吸をしてはつまらない笑顔を作って、わたしは第一声を絞り出す。
「ただいま」
「おかえりなさい」
パソコンに向かい合う叔父さんは、どうやら忙しいみたいだ。
わたしに一瞥も寄越さないことに、ちょっと不満に思うような、助かったと思うような、そんな曖昧な感情を連れてキッチンへと向かう。
「……少し待ってて。いま準備するから」
「はい。本当に買ってきてくれたんですね」
あんたが言ったんでしょーが。なんてツッコミにふっとした笑みが浮かんでも、すぐに心の中の黒色が呑み込んで消えた。
「なにかありましたか」
「……なんで?」
「いえ。ただ、可愛げがなくなった。と」
「……っ」
「そんなように思いまして」
冷蔵庫に食材をしまうわたしに、無機質なように投げかけられる叔父さんのその声に、どきりとした。
「あなたは本当に泣き虫ですね」
「え……?」
ふと叔父さんの方を振り向くと、叔父さんは大好きな執筆をやめてこちらをじっと見つめており、わたしの頬にほろりと温かい一筋がその瞬間に流れたのをやっと、自覚する。
「なにがあったんですか」
――ああ、そうだ。あの時も、叔父さんは今のような優しさがあった。
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