* ベタベタロマンス *

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* ベタベタロマンス *

*** 「ったく、ツイてないよなあ。何でまた雑用を押し付けられた時に限って、急に雨が降ってくるんだか」 「しかも、やみそうにないしね」 「そうそう! てか、佐々木。電車が止まり兼ねない状況にも関わらず、無駄に落ち着いてるよな」  一緒に雑用を押し付けられた佐々木は『通学時間は十分以内!』と言わんばかりに、最短距離であることのみを重視して進学先をチョイスした俺と対照的に幾つもの区を跨いで通学している。彼女はクラスで一番優秀な成績を誇っている事実は、日々通学に費やす努力からも察することが出来るだろう。 「まぁ、私が焦ったところで電車が動いてくれるわけでも、雨雲が去ってくれるわけでもないし」 「そりゃあ、まあ。そうだろうけど……。でも、面倒じゃないか?」 「んー。落石や土砂滑りとか生じなければ、適当に再開するでしょ。まあ、油断は出来ないとはいえ、ここでジタバタしても仕方がないことだし」 「はあー……。佐々木は達観してるなあ」  静観している佐々木を見ていると、狼狽えてばかりの自分が急に恥ずかしく思えてくる。 「……そうでもないけど、ね」 「そうか? 少なくとも、俺が佐々木なら絶望するぞ? こんな土砂降りでベタベタする中、人でごった返す駅で当て所もなく待つとか、正直どんな修羅場かと」  実際、有事の煩わしさを含め、面倒なことを全力で回避するために、近場の北高を受験したわけで。そういう展開も受け入れる覚悟を決めて、北高を受験した佐々木が大人びて見えるのは至極当然のことなのかもしれない。それにしても、やまない雨の始まりが土砂降りだったため、天井知らずの不快感がベタベタと制服に纏わりつく。そんな状況と打って変わって、サラリと佐々木は爆弾発言を投げ込んで来る。 「ふふふ。じゃあ、嫌なイメージ。一新しちゃう?」 「へ? どういうこと?」 「ベタベタな空を見ながら、目の前のクラスメイトと恋に落ちる展開。なんて、ベタ展開なんてどう?」 「あはは、馬鹿らしい。何言って……」  タチの悪い冗談だと思っていた俺は、あくまで笑い飛ばして、切り抜けようと思っていた。あまりにもナチュラルにぶっ飛んだ発言をしてくるから、その中に本音を織り交ぜていると思ってもいなかった。だけど、佐々木の手がかすかに震えていたことに気付いて、気持ちが揺らいでしまう。  確かに、想定外の出来事に戸惑う気持ちは大きい。けれど、無駄に虚勢をはる目の前の佐々木(かのじょ)のことが気がかりなのもまた真実だった。 「何言ってるんだか、本当に」  視線を合わせた瞬間、思わず言葉が漏れた。それは紛れもなく素直な気持ちでもあった。 「…………可愛すぎか」  真っ赤に染まる佐々木の顔を目にして、俺もまた言葉をなくす。  二人、言葉をなくした教室の中。  やまない雨の音に負けないように響く心臓の音を聞きつつ、ベッタベタな俺たちの恋がスタートしていた。 【Fin.】
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