道玄坂の吸血鬼

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道玄坂の吸血鬼

 渋谷で神待ちデビューの日、いきなりやられた!  家に帰れば父親の暴力が待っている。頼れる親戚も友達も彼氏もない。 その上、このところずっと雨が降り続いている。もうリミット、限界だった。  神待ちアプリで、今夜泊めてくれる相手―28歳のIT企業に勤めるイケメンさん―が見つかり、道玄坂のちょっと裏手のつぶれたタピオカ屋の前で待っていたら、やって来たのは20代ぐらいの若い婦警さん。  メッセージのやりとりをしていたイケメンは婦警さんだったわけ。やっぱり相手はプロだ。見破れなかった……(涙)。  私は雑居ビルの一室に連れてこられた。ドアには『警視庁・青少年保護相談室』と書いてあるドアプレート。  中に入るとまず目隠しのパーテーションがあり、その奥の狭いスペースに机と椅子が数脚とロッカーが見えた。奥の窓には遮光カーテンが引いてあった。  「あなた、死にたかったの?」  椅子に座ると、いきなり婦警さんが怖い顔で聞いて来た。  「いいえ! 死にたくないから神待ちしてたんです。死にたかったら電車に飛び込んでます」  「あなたのような人がいるから、毎日のように電車が人身事故で遅れるの!」  「すみません……」  婦警さんが、大きくため息を吐いてから、  「あなた、道玄坂の吸血鬼の話、知らないの?」  「吸血鬼??」  私が目を丸くして驚いていると、婦警さんは静かに言った。  「今日のような雨の日に、神待ちしている女の子をアプリで引っ掛けて、連れて行くの。雨の日はみんな早くどっか屋根のある所に入りたいでしょう。その焦っている気持につけ込むの」  「連れていかれた後、なにかまずいことでも?」  犯人が吸血鬼なら、だいたい想像がつくけど、まさか……。  「全身の血を抜かれるの。そして、多摩川や東京湾にドボン! もう10人もやられた」  「そんな話、ニュースでやってなかったですよ」  「半年前ぐらいに、多摩川の川岸で女子高生の遺体が見つかったっていうニュースが流れたわ。覚えてない?」  「覚えています。発見されたとき素っ裸だったんでしょう? きっとレイプされた後、殺されたんでしょうね。かわいそうに」  「死因は覚えている?」  「いいえ。血がどうとかって……ナイフかなんかで刺されたんじゃないですか?」  「死因は失血死。全身の血を抜かれていたの。でもその事実は、犯人しか知りえない情報として、伏せられていたの。ニュースでは失血死としか発表してない。しかも彼女にはレイプされた痕跡はなかったの」  「エッ?? じゃあなんで裸に?」  「きっと身元を分からなくするためよ。それに裸にすれば、犯人像が固定されてくるし」  「狡猾な犯人ですね。他の9人はどうなったんですか?」  「見つかってない。目下、警察が全力で捜査しているわ」  「でも、なんで血なんか抜いたのかなぁ」  「知らないの? あなたぐらいの年の女の子の血を欲しがっているド変態男って、いくらでもいるのよ。処女の血だって思い込んでね」  確かに、今の女子高生というか、神待ちしているような女の子に、処女の血を求めるのは、ちょっとキビシイかも。  「ゲットしてどうするんですか?」  「飲んだり、素っ裸になって体中に塗りたくったりしているらしいわ」  吐き気がしてきた。  顔色が悪くなったのに気づいたのか、婦警さんが、私の前にあるペットボトルのロイヤルミルクティーを勧めた。  「まだ温かいから、それ飲んで落ち着いたら、家まで送るから」  「パトカーでですか? 勘弁してください! 一人で帰れます!」  「ダメ! 他の所で神待ちされたら、意味ないから」  「信用されていないんですね……」  「さっきまで渋谷で神待ちしていた子を、すぐに信用するなんて無理よ」  「…………」  緊張して、ノドがカラカラに乾いていたので、ミルクティーを一気に半分ほど飲んだ。  それから2,3婦警さん質問に答えていると、疲れが出たのか、睡魔に襲われた。こっくりこっくり船を漕ぎながら答えていると、ついに机に突っ伏してしまった。  「色白美人にしてあげる……」  耳元で誰かが囁いた。聞いたことのある声だ。  次の瞬間、ドン! ドン! ドン! と、ドアを激しくたたく音がした。  鉛のように重くなったまぶたをわずかに開けると、ドアが開く音と同時に、何人ものお巡りさんが、怒涛の如くなだれ込んで来るのが見えた。  私はとんでもない罪を犯したのか? 死刑かな……。  意識が遠くに飛んでいき、やがて消えた。  その後、私は病院を経由して施設で保護された。  あのミルクティーには睡眠薬が、ミルクと同じぐらいたっぷりと入っていたらしい。  刑事さんから取調室の隣にある面通し部屋という、大きなマジックミラーのある部屋に連れていかれて、ミラーの前に立たされた。  「あの女の人が、君を拉致しようとした婦警かな?」  ミラーからは、年齢が50代後半くらいの、顔や腕にシミと皺が目立つ、苦労をしてきた感が強いおばちゃんが俯いて座っていた。  「違います。あんなおばちゃんじゃないです。20代くらいの女の人でした」  「じゃあ、この人かな?」  刑事さんは防犯カメラの映像をプリントアウトした写真を見せてくれた。  道玄坂の裏手の道を歩く婦警さんのアップ。私を拉致しようとしたあの婦警さんだった。  「この人です!!」  「この人ね、あの人なの」  そう言って、刑事さんがマジックミラーの向こう側の、あのおばちゃんを指さした。  「ウソ……」  「彼女ね、君らのような少女を拉致しては、血を抜き取って、自分の血と入れ替えていたんだ。それで20代の女に若返っていたわけ」  「そんなことって、ありなんですか?」  「彼女ね、化粧品会社で開発の仕事をしていたんだが、そこで開発したある化学物質を若いメスのモルモットの血に混ぜて、おばあちゃんモルモットの血と入れ替えると、なんとおばあちゃんが若返ったんだ。サルでもうまくいった。だから……」  「自分で人体実験をやったら、うまく行ったんですね」  「ああ。その化学物質を君らのような若い娘の血に混ぜてから、全身の血を入れ替えたら、ばっちり若返った。でも効果は数か月しか持たなかったから、次から次へと少女を拉致していたわけだ。死刑は確実だ」  「恐ろしい女……」  私は震えながら答えた。刑事さんは暗い顔をして、  「あの女、9人もの少女を拉致して殺したと言っているのに、その少女たちの親や学校とかから、今までの間、何の反応もなかった。そっちの方が怖いよ」  殺された女の子たちって、今までどんな人生だったんだろう。  そして、そんな子の血を取って体に入れていた、あの女の人生も。  私はしばらくの間、雨の日は出かけられそうもない。もちろん、道玄坂にも……。                                 (終)
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