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てるてる坊主といっしょに、雨を倒しに行ったことがあるんだ。
真剣な表情を崩さない父に、私はどんな言葉と表情を返せばいいのかわからず、どうにか首をかしげて「はあ?」とだけ絞りだした。
高校最後の学園祭の前日。
いつも一緒にいるグループの子たちと盛り上がって、軽い気持ちでてるてる坊主を作った。
準備に使ったマジックで、まんまるの目と逆三角形の気の強そうな笑顔を描いて、しろまるなんて名前をつけてみたりして。
晴れるといいねと笑いあって、持って帰ってきたのだ。
愛嬌のある顔に仕上がったし、せっかくだからとリビングの窓際に吊るそうと脚立を取り出したところで、帰ってきた父親から飛び出したのが先の台詞だ。
「それを、ちょっとだけ貸してくれないか」
そう続けた父は、やはり真顔で、口をしっかりと引き結んで、私の返事を待っている。
「なんで。怖いんだけど」
「父さんは、雨男だ」
この宣言は、人によっては首をかしげてしまうだろうけれど、これについては、私を含めて家族一同、大きく頷くしかない。
私の父は雨男だ。それも、生半可な雨男ではない。
父といっしょにいる時に、雨でなかった試しがない、といえば、どれだけ普通でないか伝わるだろうか。
「あの時、負けてしまったから。だから、それからずっと、そうなっているんだ」
細切れに入ってくる情報に混乱する。
「いや、全然入ってこないって。何言ってんの?」
「そうか。そうだな。いきなり悪かった」
着替えてくる、とスーツの上着を抱えた父の背中が、とても小さく見えた。
それがなんだか、心臓を締め付けられるようで、「いいよ」と私は手を伸ばしていた。
「貸すっていってもさ、どうするわけ。お父さんの部屋にでも飾るつもり?」
「いいや」
私が片手で差し出したてるてる坊主を、両手で恭しく受け取ると、父は頭と体を仕切る紐を丁寧にほどいて、結びなおした。
蝶々結びでかわいい感じにしてあったのに、きついかた結びになっている。
ありがとうとお礼を言って、父は今度こそ自室に入っていった。
わけはわからなかったけれど、父の背中が元の大きさに戻ったような気がして、私もなんとなく、使命を果たしたような気持ちだった。
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