やまない雨はない

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 鬱々とした雨の日にはそんなことを思い出す。かと言って雨の日に、いつもあの日のことを思い出すわけではない。もしそうなら正直なところ精神が持たない。  どうやら思い出すにはいくつかの条件がある。一つ目はちょっと仕事でいいことがあった時。就職活動で最終面接に進んだみたいに。二つ目は降っているのがあの日みたいに傘をさしても濡れてしまうような大雨の時。三つ目は革靴の中まで浸水して靴下まで濡れてしまっている時。そして四つ目の条件は、細身でありながら少しお尻の膨らんだセミロングの女性――君によく似た女性を目にした時だ。  ビルの一階は白く照らされたユニクロの店舗フロア。その中でワンピースのハンガーを取り出して眺めている女性がいた。左腕に赤い長傘をぶら下げながら。  セミロングの髪、白い半袖のシャツに、紺のパンツ。いかにも仕事終わりに立ち寄ったという感じ。もしかすると僕と同じで雨宿りが目的かもしれない。そんな君によく似た女性が店員さんでも探すように左右に首を振っている。ついついじっと見てしまっていたら、そんな彼女と目があった。カーキ色のワンピースを両手で掲げたまま、彼女は静止する。  ――それは君だった。  僕は「あっ」と口を開き、君は「えっ」と目を開く。あの日みたいに。  あの日の顛末を事細かに語っても全く有益な報告書にはならないし、君との別れに至った経緯を時系列的に並べてもその時の有様を見事に描写する映像作品にはならないだろう。だからこれから話すのは、あれから起きた事柄の断片みたいなものだ。交通事故にあって大破した自転車に関して、軸の曲がったサドルと、切り替えできなくなった変速機(ディレーラー)と、ばきばきに折れたスポークを手にとって破損箇所を報告する程度のものだ。  彼女が見知らぬ男と抱き合った姿を写真におさめてしまった後、僕はその部屋を飛び出して雨に濡れた。天を仰いで悲劇の主人公にもなったつもりかと自嘲気味に笑ったけれど、そのとおりじゃないかとシャツの上から水を浴び続けた。
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