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次の日、スターバックスコーヒーで僕は君と落ち合った。「申し開きがあるなら聞こう」とかそんな感じだと思う。どちらから声を掛けたのかは覚えていない。そこで昨日の男が君の内定先の企業の先輩社員なのだと聞いた。ただ「そうなんだね」という感想しかなかった。「そうそう、昨日言えなかったけれど、俺、最終面接に進んだんだよ」と言うと、君は「そうなんだ、おめでとう」とばつが悪そうに目を細めた。
当然のように進む別れ話に、君はまだ躊躇しているようでもあった。
君にとってあの男のことはただの浮気だったのだろうか、それとも新しい本命だったのだろうか? 僕には分からなかった。そして、僕は彼女の本当の気持ちを知ることもできなかった。
なぜなら、僕には彼女の浮気現場を文字通り赤裸々に撮ってしまっていた写真があったから。
「ねぇ、昨日――その、写真……撮ってなかった?」
「え? ……うん。――その、驚いてさ。つい」
「……そっか。――消してくれないかな?」
「あ……ああ、そうだね」
だから、僕は絶対的優位な立場にあって――簡単に言えば彼女を脅迫しうる立場に立っていた。僕がそれを使って脅せば、彼女を強引に引き止めることもできただろう。だからもし僕が君に
「それで、君はどうしたいの? 僕のことか、あの男のことかどちらが好きなの?」
と問うた時に、きっと君は
「もちろん、あなたのことが今でも好きよ」
だなんて返答してしまうだろう。
それが最適戦略なのだ。ゲーム理論的意味において。だって君は写真を流出させるわけにはいかないのだから。だからこそ僕は君の言葉を信じられなくなってしまった。その写真は僕らを支配する利得行列を変えてしまった。傷ついたのは僕のはずなのに、その一枚で僕は君を傷つける加害者としての支配的地位を手に入れてしまっていた。
「写真を消せばいいじゃないか」と言うかもしれない。それはそうだ。でも、本当に写真を消したと彼女に証明することは不可能なのだ。
ファイルは無限に複製できる。自動的に同期された写真はクラウド上にある。クラウド上にあるデータを消しても、ファイル編集の履歴から復元もできる。パソコンのローカル上ではCtrl+Cを押した後にCtrl+Vを連打するだけで、デスクトップを君の裸を写したサムネイルが埋め尽くす。
だから、君の目の前でファイルを消して見せたとしても、それは何の証明にもならない。君の性行為のあられもない姿を写したデータを消したことを、僕は君に証明できない。それは悪魔の証明。悪戯心で君の部屋に無断で踏み込んだ僕にはきっともう悪魔が憑いていたのだ。だから結局、本音なんて一切口にできないまま、あの日僕らは別れた。
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