アンドロメダの涙

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 アイティオペアの砂漠に、やまない雨が降りしきる。  降り始めてからすでに一週間。無慈悲な陽光は陰鬱な雨雲に遮られ、熱砂は泥濘に、ワジは濁流と化した。  無数の雨粒を受けてボツボツと音を立てる天幕の下、三本脚の椅子に悠然と腰掛けるグラツィアーニ司令官は、私のグラスにピエモンテの赤ワインを手づから注いだ後、おもむろに口を開いた。 「砂漠に雨を降らせる。君から話を聞いた時は、そのようなことが可能だとは思えなかったが、なるほど素晴らしい成果だ。戦車でも航空機でも毒ガスでもなく、まさかとうの昔に歴史的使命を終えたはずの魔術が切り札となるとはね」  蓄音機が歌を奏でている。ノイズ混じりの歌声は篠つく雨音と唱和するようだった。 「……若人よ、若人よ! 美しき青春よ! 人生の艱難においてなお、汝の歌は響き渡る!……」  司令官は軽くグラスを掲げた。 「これで、バドリオの鼻を明かすことができるだろう。ありがとう、マルコ・ロッシ君」  私もグラスを合わせ、赤い豊潤な液体をぐっと喉に流し込んだ。上質なアルコールに助けられて、私は自ずから口を開いていた。 「司令官、魔術は未だにその力を失ってはいません。この『アンドロメダの涙』をご覧になればお分かりいただけるように、魔術も科学的な分析と体系化を施すことによって、敵国に打撃を与えるのに充分強力な手段となるのです……」  グラスをゆすりながら司令官は私に耳を傾けていたが、話が一段落するや、ポツリと呟いた。 「……前の戦争の死者たちも、この雨を受けて喜んでいるだろう。この40年間、遺骨はずっと太陽に焼かれていたのだから」  それから司令官は、綺麗に剃られた顎をつるりと撫でて、じっと私を見つめて言った。 「君のお父上もさぞやお喜びだろうな」  私は頷くと、視線を遠くへやった。地平線は止めどもなく降り注ぐ天の涙にけぶって、何も見えない。  それにしてもアイティオペア人たちは、いつになったら降伏するのだろうか。加護を失った彼らに、もはや勝ち目はないのに。
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