親父孝行

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親父孝行

ズズっと、スープを飲む、鰹だしがよくきいていて旨い。 「先輩、この店、当たりっスね!」 「ああ……」 外出先で旨い店に当たるとなんだか得した気分になる。高井にそう言われ思い出した過去の思い出、よく思い返せば悪いことばかりではないような気がする。 「……そういえば、子供の頃は親父のこと好きだったかもな」 「ほらー、親父さんの身勝手も、先輩のことを思ったからこそだったんじゃないんですかねー?」 「はー? そりゃお前……」 言葉に詰まった―――― 「どうしたんですか?」 「いや……」 誕生日に高価なゲームをねだったのがきっかけだった。よく考えればその頃から母親の服は新しいのをあまり見なくなった。毎日していた親父の晩酌は週末だけになっていた。 母親の反対を他所にゲームが欲しいと泣きわめいたのを覚えている「持っていないと学校で話ができない、いじめられる」と…… 夏休み、友達が旅行に行ったと聞いた、俺はその話を聞いて同じ所に行きたくなった。学校から帰って母親に言うと、案の定即却下、またもや駄々をこねて泣きわめいた。 その翌日、父親は旅行の日程を決めて帰ってきた。 突然車を買い換えた日、祖母が末期癌と診断された翌日、親父は大きなワゴン車を買った。おばあちゃん子だった俺に、祖母といい思い出を作ることができたのも、親父が車を買い換えたから…… 「なんだよ……俺の為?」 呟くように口から言葉が出た。いや待て、それは勝手な俺の解釈かもしれない、あんな身勝手で母親を振り回すような最低の男なんだ…… 「親父さん、きっと先輩のこと、一番に考えてくれてたんですよ。きっと……」 「いや……そんなこと無いだろ、母親は嫌ってた」 「そりゃ、後始末だけ任されたお母さんは感情的にもなりますよ、その証拠に、先輩のお母さん、最後まで離婚しなかったでしょ?」 「ま、まぁ……そうだな。じゃあ、今度病院でも顔見せに行こうかな」 「そっスよ、どんな親でも、親がいなければ親孝行もできないんスよ……僕みたいに」 「え?」 高井の目が若干細まった気がした。 最後の言葉が聞こえにくかったが、聞き直すのはやめた。 「そ、そうだな、親父に礼でも言っとくよ」 「です!」 高井の表情が戻ると同時に、内ポケットでスマホが震えた。 「はいもしもし」 「あ、柳田雄也さんの電話でよろしいでしょうか?」 「あ、はいそうですが」 聞き覚えのない丁寧な女性の声だった。 誰かと聞き直す前に、名乗られた。 「初めまして、こちら中央総合病院です」 「病院?」 「はい、お父様、柳田勇太郎様の容態が急変しまして、今すぐこちらに来れますでしょうか?」 嫌な予感は的中した…… 反射的に立ち上がってしまう。 「いや……でも今は仕事が」 蕎麦を食べる高井を見下ろしていた。 「そうですか……では、他にご家族の方や親戚の方々にも連絡をお願いします」 「あ……はい……」 耳に当てるスマホをそのまま落とすようにテーブルに置いた。 腰を下ろし蕎麦を箸で掴むと、一気に口へ運ぶ。状況を理解しようとしていたが、色んな感情が入り乱れてどうすればいいのか分からない 感情をかき消すように蕎麦を食べる。明らかに顔色がおかしかったのだろう、高井が心配そうに声をかけてくる。 「先輩、どうしたんですか?」 「ん? ああ……病院、親父が危ないって……」 「マジっスか!」 高井は箸を置いて立ち上がった。 「早く行って下さい、後はなんとかします」 「いや、でも南南商事は大切な顧客だから」 「何言ってんスか、自分の親より大切なものって何っスか! 俺がやっときます、どれだけ先輩の後ろにいたと思ってるんスか、大丈夫っスよ、早く病院に」 「わ、悪い……」 高井の剣幕に負け、押し出されるように俺は蕎麦屋を飛び出した。 全力で駅に向かう、足が縺れる、息が切れる、日頃の運動不足が俺を苦しめた。 大嫌いだった親父との楽しい思い出が甦る「どんな親でも、いなければ親孝行できない」高井の言葉を思い出す、逆に言えば生きていれば親孝行することができるのだ。 自分に問いかける、俺は親父に親孝行したいのか? いや、したいとかじゃない。しないと後悔する。しなきゃ駄目なんだ。 頼む、親父……死ぬな…… 俺まだ「ありがとう」って、言ってないんだよ―――― 了
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