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重厚な黒い玄関ドアの先には真っ暗な部屋があった。
広いフローリングの主寝室には中央に黒のリネンで統一されたベッドが在りその端に座っていたのは秋晴だった。
帰宅した直後、深い溜息と共に座り込んでしまってから立ち上がることが出来なかった。
不意に鳴り出す携帯にもすぐには出ずにゆっくりとした動作で胸元を探る。
着信の相手を確かめるとそのままベッドに投げ捨てた。
呼び出しの相手はリトバルスキーだった。
次の日、出勤した近衛は慌しいオフィスに驚いた。
傍を過ぎる同僚の腕を掴み何事か、と尋ねると相手は焦った表情で説明した。
今朝、リトバルスキーがプロジェクトから手を引くと言い出したらしい。
「何で今さら…」
「何か、噂だと東雲部長がクラウスさんとモメたらしい」
「部長が?」
「今、説明をしに社長室に呼ばれてる」
席が空いたままの部長室を誰もが心配そうに見つめたのだった。
締めていたネクタイの根元を緩めながら東雲は溜息を付いた。
不意に横から伸びた手に肘を掴まれたかと思うと強引に会議室へと引き込まれたのだった。
「どういう事なんですか?」
肩を掴んで顔を覗きこみ問いただす近衛に東雲は昨日のことが過ぎる。
彼が心配していたことが結局あの後起こったと言う事実が胸に痛い。
「昨日は悪かった」
「え?」
「…クラウスはお前が思っていた通りの人間だった」
東雲の告白に近衛は言葉を失った。
「悪かったな。近衛」
腕に手を置かれると近衛は肩を掴んでいた手をするりと下した。
「どうする、つもりですか?」
それは知りたいけれど聞きたくない答え。だけど聞かずには居られない現実。
「謝りに行ってくる」
「そんなー」
「社長命令だ」
「行ったらどうなるか分かってるでしょう?」
「ここでプロジェクトを頓挫させるワケにはいかない!会社の将来がかかっているんだ」
「だからって部長が犠牲になるのはおかしいッスよ!」
必死に止める近衛の腕を振り払うと東雲は真っ直ぐに彼を見つめた。
「今は理解出来ないだろうけど、いずれお前にも分かる。会社と言う組織の意味が」
近衛の頬に触れると東雲は会議室を出て行った。
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