お父さん

1/1
前へ
/1ページ
次へ
鳴り続ける電子音、カタカタと落とされる点滴の薬液、酸素ボトルの泡音。 狭い病室のベッドの上で、お父さんはたくさんの管に繋がれて眠っていた。何をやってもお父さんは起きない。横を向けられても、鼻から管を突っ込まれて痰を抜かれてても、腕に何度も針を刺されても、私が話しかけ続けていても。 お医者さんは言った。「もう、亡くなるかもしれない」 それを聞いた時は頭の中が真っ白になった。 お父さんが死ぬ。 何分後か、何時間後か、何日後かは分からない。けれども、お父さんは死んでしまうんだ。ずきり、と胸が痛くなった。先日の手術の傷が、お父さんから肝臓を貰った傷が、痛んだ気がした。 生体肝移植。私は自分の悪くなった肝臓を捨てて、お父さんから肝臓の一部を移植してもらった。 お父さんは手術の後、麻酔から起きて来なかった。お医者さんからの説明では、ごくたまにそんな人もいるそうだ。手術は必ず成功する訳じゃないし、手術の後にも副作用みたいなことで死んでしまうことがある。手術の前にも、そう聞いていた。 だけど、やっぱりこんな形でお父さんが死んでほしくなかった。 あなたのせいでお父さんが死ぬんだ。誰かにそう言って欲しかった。 お父さんが亡くなったのは、それから二日後の夜だ。お父さんは夜勤の看護師さん、お医者さんに看取られて亡くなった。 お父さんの体からふわりと、お父さんの姿の魂が浮かんだ。 「お父さん!」 その声にお父さんは私の方を見た。そして悲しそうに言った。 「そんな、お前も死んでしまったのか。でも、まあ死んでしまったのなら仕方ないか。一緒にあの世に行くか」 うん、と私は頷きお父さんと手を繋ぎ、消えた。 「やはり、娘さんが連れて行ってしまったのでしょうか?」 病室に残された看護師が呟く。医師は無言で顔に手を合わせる。狭い病室から鳴り響く音はもう何もない。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加