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カセ山にて
幼なじみのリンちゃんと手を繋いで歩道を歩く。昨日は僕の家で遊んだから、今日は外に出て、町の真ん中にあるカセ山に遊びに行くことにした。カセ山の山頂にはタダで入れる動物公園があって、遊びに行くにはもってこいだ。
でもカセ山は僕とリンちゃんの家から少し遠くて、着く頃にはリンちゃんと僕は顔やシャツが汗でびしょびしょだった。僕はカバンからタオルを一枚出して、リンちゃんの顔を拭いてあげた。
「あひがとー」
リンちゃんはタオルで顔を拭かれながら、もごもごと言った。何を言っているかわからなかったけど、なんだかそのリンちゃんの姿が面白くて、僕は一生懸命顔を拭いてあげた。顔を拭いたら、僕は次にカバンから水筒を出した。熱中症になるといけないから、家で作ってきたのだ。
「はい、あげる」
僕が水筒を渡そうとすると、リンちゃんは首を横に振った。
「ダメだよ、蓮くんの分がなくなっちゃう」
「でも、リンちゃん、持ってないでしょ? あげる。僕は隊長だから大丈夫なの」
「タイチョウ?」
リンちゃんが首を傾げた。
「そう、探検家の、隊長! リンちゃんは僕の部下ね」
「そうなんだ!」
リンちゃんは嬉しそうに頷いた。僕は昨日見たテレビの冒険番組を思い出しながら言う。
「さぁ、リンちゃん、飲むんだ。水分補給せよ」
「はい、隊長!」
リンちゃんがノリノリで返事をして、僕から受け取った水筒を勢い良く飲み始めた。ごくごく、ごくごく。けれど水筒の中が半分くらい減ったところで、リンちゃんは飲むのをやめた。水筒を口から離して、そのまま、その水筒を僕に向ける。
「はい、半分こ」
リンちゃんが笑顔で渡してきた水筒を、僕は一気に飲み干した。ちょうど僕も喉が渇いていたので、すごく美味しかった。
急に風が吹いてきて、綺麗なピンク色の桜がわさわさと揺れた。涼しい風に汗が乾くのを感じる。
「よーし、探検だ!」
僕が言うと、リンちゃんも「おー!」と言って盛り上がった。さて、まずはどこに行こうかな。僕が迷っていると、リンちゃんが僕の顔を覗き込んだ。
「どこを探検する?」
うーん。僕は考えて、やっぱりカセ山に来たら動物園を見た方が良いと思ったので、
「ええと、動物園を探検するぞー!」
と言った。
「わぁ。動物見るの好きー」
リンちゃんも賛成のようだった。僕たちは山の裏側の入り口から動物園に入った。
タダで入れるのに、この動物園にはたくさんの動物がいる。お母さんはお得な動物園ねって言っていた。リス、ロバ、レッサーパンダと大きなカメさん。どれもとても可愛くて、僕たちは楽しく見て回った。
「ねぇ、もうすぐクラス替えだね」
二人でペンギンの泳いでいるのを見ているとき、リンちゃんが急に言った。
「そうだね。次は三年生だね」
僕は頷く。もう低学年の子供ではなくなるから、勉強も頑張らないと。
「また同じクラスになれるかな?」
リンちゃんがペンギンを見るのをやめて僕の方を見た。その目は少し不安そうだ。
「うーん、どうだろ。二年生までは同じクラスだったけど。次はどうなるかな」
「同じになれるといいなぁ。ね」
「うん、そうだね。リンちゃんと同じクラスだと楽しいなぁ」
「だよね! 出席番号近いし、また隣の席になれるかも!」
リンちゃんが嬉しそうに笑う。そこにガラス越しのペンギンが泳いでやって来て、僕たちを水の中から面白そうに見てきた。リンちゃんが可愛がって指をガラスでなぞると、その指に反応するようにペンギンが首を振る。
「ねぇ、蓮くんてさ、クラスに好きなコいるの?」
ペンギンと遊びながら、リンちゃんが僕に訊いた。僕の顔が赤くなるのがわかった。好きな子とか、そういう話はクラスの友達が面白そうに、よくしているけど、僕にとっては興味ないし、恥ずかしいだけだ。
「い、いないよ、そんなの」
「へぇ! よかったぁ」
僕の答えに、なぜかリンちゃんは喜んだ。リンちゃんは好きな人がいるのかな。
「リンちゃんは、好きな人いるの?」
「いるよー」
「え、誰? 同じクラス?」
僕は驚いて聞き返した。すると、それに反応するように、ペンギンが離れて行った。「あー」と、リンちゃんが寂しそうにペンギンを見送る。
「ねぇ、教えてよ、リンちゃん」
僕は気になって、もう一度訊いた。リンちゃんとはいつも一緒の仲良しだったのに、リンちゃんだけ好きな人がいて、大人な気がした。一人だけずるいと思った。
「秘密―。ねぇ、あそこの高台に登ってみない?」
リンちゃんが指差したのは広場にある展望台だった。もう動物園も終わりだし、日も暮れてきている。最後に展望台に登って今日の探検は終わりにするのがいいかもしれない。僕はリンちゃんの言ったことに頷いた。リンちゃんの好きな人は気になったけど、秘密と言われたから仕方なかった。
広場の展望台の階段を上って行く。小さい頃にお母さんと登った以来の展望台は、なんだか昔より低く感じた。それでも下を見たら怖いくらいの高さはある。柵の隙間から試しに片足を出してみると、リンちゃんに「危ないよ」と怒られたので、すぐに足を引っ込めた。
「あ、見て! すごい綺麗な夕焼け!」
リンちゃんが遠くの空を指差す。見ると、確かに綺麗なオレンジ色の空がそこにあった。と、同時に僕はリンちゃんの指にキラリと光る指輪を見つけた。
「あれ。リンちゃん、なにそれ、指輪?」
「うん、お母さんが買ってくれたんだ! 綺麗でしょ、宝物なの! おもちゃだけどね」
「へぇ」
確かに、小さな赤いガラスがついていて、とても綺麗な指輪だった。僕がじいっと見つめていると、リンちゃんは笑って、
「見せてあげようか?」
と指輪を自分の指から外した。
「え、いいの? ありがとう!」
「壊しちゃダメだよー」
リンちゃんが僕に手渡してくれた指輪を夕日にかざしてみる。赤いガラスにオレンジの光が差し込まれて。とても綺麗だった。
「はい、もうおしまいー」
「え、もうちょっとだけ!」
リンちゃんが手を伸ばして指輪を取り返しにかかるのを、僕は慌てて防ごうとした。軽いもみ合いになって、そして、
————ぱりん。
柵の向こうに、指輪が落ちてしまった。地面に墜落して、ガラスの割れた音がした。
「あ……」
僕は慌てて柵に乗り出して下を見下ろした。赤いガラスが、地面で見事に粉々になってしまっていた。なんてことをしてしまったのだろう。僕は息を詰まらせた。リンちゃんの大切な宝物を壊してしまった。取り返しのつかないことをした。
「ひどいよぉ、蓮くん……」
リンちゃんが泣き出してしまう。僕はどうしていいかわからなかった。壊れてしまったものは、もう直らない。あんなに粉々になってしまったなら尚更だ。
————だから僕は逃げ出した。
泣いているリンちゃんを放って、怖くなって、その場から逃げ出した。こんなことしたらダメだって、あとですごい怒られるって、わかってはいたけど、逃げ出した。
「あ……蓮くん、待って!」
リンちゃんが僕の背中に叫んだけど、僕は振り返らなかった。
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