雪解け

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雪解け

 雪が降っている。ここ東京にもそれなりに積もるらしい、俺の生まれ育ったあの島にも降っているだろうか。俺が育った島は、東京からはかなり離れた場所だ。今では東京の大学を卒業し大きな会社で働いている。大きな会社なだけあって毎日忙しいけれどsnsで島のみんなの写真を見つけると頑張れるような気がする。今日も仕事があり、もう家を出なければならない。雪で遊んでいる小学生を横目に俺は、寒さでかじかむ手の痛みに怒りを覚えながらも車で家を出た。島に住んでいた時はよく雪合戦をしていたな、そんなことを暫く考えていると会社についた。会社へ入ると上司にすぐ呼び出され、今日からここで働く人の面倒を見てくれと頼まれた。上司に言われるがまま新入社員の子のところへ行くと一人の女性がいた。 「玉井、玉井ゆりです。ご指導のほどよろしくお願いします。」 見た目が少し大人ぽかった彼女が噛んだことに少し笑ってしまったが先輩の威厳を保つためにも態度を改め 「玉井くんよろしくね」 とだけ言いお互い仕事に戻った。お昼休憩になり近くの食堂に行こうとすると玉井ゆりが一緒に食べないかと誘ってきた。彼女はとても明るく接しやすい。食堂につき生姜焼き定食を頼むと彼女もそれを頼んだ。ご飯を食べているとき彼女が言ってきた。 「先輩って彼女いないんですか」 「いないよ」 そういうと彼女は少し不満そうな顔でご飯を食べだした。 「そういう玉井はいないのか、彼氏」 聞いても玉井は答えなかった。人には誰にも話したくないような秘密くらいあるだろうと思い訊くのをやめた。俺は昼食を食べ終え仕事に戻るも頭の中には「彼女」の一言がずっと残っていた。どれくらいだろう。島を出る前は、俺にも彼女はいたが東京での新しい出会いを信じ別れたのだった。仕事を言い訳にしているが、もうしばらく俺には彼女がいないことを思い出した。そこでスマホに一件の通知が届いた。島のみんなが同窓会をやるらしく、招待のメールだった、いつもなら仕事でいけないと言うのだが、丁度みんなに会いたいと思っていたから今回は有給でも使い参加しようと思った。それに会いたい人もいる。  雪が解け始め東京も元の姿に戻ってきた、今日は船に乗り島へ戻る。東京には島の友達はいないので一人で船に乗ると船には一人知り合いがいた。彼とは小さいころから仲が良かったが島を出てからは、会っていなかったので少し緊張した。彼はどうやら俺が島を出たあとに親が倒れ東京に出稼ぎしているらしい、彼も俺と同じく同窓会に誘われたという。最初はお互い緊張していたが話していくにつれ昔に戻ったかのような気分になった。島に着き同窓会の時間まで散歩をすることにしたがやはり島は小さくすぐに歩き終わってしまう。小学生の時走り回った公園も、中学校のグラウンドも、図書館も。何一つあのころとは変わっていない。俺がこの島を歩き終わるころには半数以上の同級生と顔を合わせたが大体の人は当時と変わっておらず、学生時代を思い出し感傷に浸っていた。同窓会が始まるにはまだ早かったが、一足先に島の集会所へと向かった。するとそこには俺の当時の彼女がいた。彼女は一人お酒も飲まずに座っていたので声をかけようかどうか迷ったが目が合ったので声をかけざるを得なかった。 「久しぶり、元気?」 声をかけると彼女は笑顔で頭を縦に振った。当時の彼女とはどこか雰囲気が違うと思ったが他の人たちも続々と集まり始めたのでそれ以上会話を続けることは出来なかった。同窓会が始まり乾杯の音頭を、当時学級委員を務めていた花岡がとり、そこからはすぐに各々学生時代に仲良くしていたグループに分かれた。俺は学生時代は部活に青春を注いでいたので、自然と部活のメンバーで集まった。、俺は陸上部に入っていた、ここの高校は公式戦はなく一番大きい試合も校内の運動会だった。思ったよりみんな変わっていなかったが体だけは年を重ねていた。そこから二時間ほどだろうかみんなで思い出話をしていると突然、俺の恋愛事情に話が変わった。 「お前この島出るとき雪のこと振ったらしいじゃん」 誰かがそう言うと周りも便乗して言ってきた。 「で、どうなの、東京で彼女できた?」 『東京で彼女作ってやる』と言い島を出てしまったこともあり、ここで作ってないとは言えなかった。 「まあ、ぼちぼちかな」 そういうと周りは盛り上がっていたが「俺も東京に出ようかな」とか「東京に住んでるんだから普通だろとか」その場での肯定意見も否定意見もその時の俺にはすべて罵詈雑言でしかなかった。 少し飲みすぎ、風にあたりたくなった俺は海のほうまで歩いた。この島の潮の香りのする風は昔から好きだった。少し歩き堤防につくとそこには山之内雪がいた。彼女も飲みすぎたのだろうかと思い近づき声をかけた。 「飲みすぎた?やっぱここいいよな。昔を思い出すよ、俺がお前に告白したのもお前に別れを告げた時もここだったし」 ビールの缶を片手に持った彼女はうっすらと笑みを浮かべていた。 「ちょっとね、それにしても相変わらず翔は皆からの人気者だね。何も変わってない」 なかなか目を見て話してくれない彼女に、再び違和感を持ち、何かあったのかときいた。 「私居場所がないの、翔と離れてから親が離婚しちゃってさ。お母さんはいなくなっちゃってお父さんと暮らしてたんだけど借金しちゃって、あの人お母さんがいないと何もできない人だった。」 この島はさっきも言った通りとても小さい、故に知りたくなくてもみんなの家庭事情は噂か何かで聞いていた。少なくとも俺が島に居たころは、雪のお父さんはそんな人じゃなかったはずだ。 「相談してくれればよかったのに、なんでずっと隠してたんだよ」 別に怒っているわけじゃない、単純にその答えが知りたかった。 「言えるわけないよ、私がそんなこと言ったら東京に行った翔に迷惑かけるんじゃないかって思ったの。私は振られてからも翔のことが好きだった、もし翔がいたら、相談したら。たくさん考えた、けど好きな人の人生は邪魔したくない。あなたが選んだ人生を私で崩したくなかったの」 彼女の言葉に俺は涙を流した。 「俺も雪が。雪のことがずっと好きだった、もし今からでも間に合うなら二人で東京に行こう、俺が雪のことを幸せにするから」 俺がそういうと雪は一滴だけ涙をこぼした。その涙は俺の流したものとはどこか違い、潮の香りも夜の静けささえも忘れて見入ってしまった。 「……ありがとう。私今日あなたに会えてよかった。でも東京にはいけない」 彼女の雰囲気は少しだけ昔に戻ったような気がした。 「雪。もし何かあったら連絡してくれ、俺は自分の人生が崩れるよりも雪がいなくなるほうがもっと怖い。いつでも相談してくれ」 これでいい。これでいいんだ。これからは俺が彼女を守る。そう心に誓った。 彼女と話が終わり、また集会所に戻ろうとしたとき会社からの連絡があった。どうやら俺と後輩の玉井で担当している企画に大きなミスがあったらしく今すぐ直してくれと言われた。玉井にも急いで連絡を取り俺も島を出て会社へと向かった。  会社に着くとすでに玉井は到着しておりミスの訂正を始めていた。 「どこが間違ってた」 と聞くと玉井は半泣きで言ってきた。 「これ、私がやったところです。本当にすいませんでした。ミスはそれ程大きくはないんですが」 安心した、何新の彼女に大きなミスをさせてしまった。俺の確認が甘かったんじゃないか。と、心配だった。 「よかったよ、大きなミスじゃなくて。そんな小さなミス誰でもするさ。また次がんばろ」 『なんで、なんで』と言い彼女は泣いていたが俺は全く彼女を責めることはなかった。しかしミスはミスなので当然上司からは俺が怒られる。三時間くらいだろうかグダグダと小言を言われ続けた。オフィスに戻ると玉井が走って近づいてきた。 「先輩ありがとうございます。今日はなにか奢らせてください、お願いします」 後輩に奢られるのはどうなのか、と考えていたが、どうも彼女は奢らなければ気持ちが収まらないらしく、仕方なくご飯に行くことにした。仕事が終わり二人で居酒屋に行くと終始彼女は俺の機嫌を伺っているようだった。 「俺そっちのほうが嫌なんだけど」 そういうと彼女は少しびっくりしていたが、すぐにいつも通りの接しやすい彼女に戻った。しばらくお酒を飲んでいると思ったよりも酔ってしまった。彼女もおそらく相当飲んでいただろうと思う、彼女がお会計を済ませ二人で歩いて帰っていると彼女は言った。 「やばい、気持ち悪い」 俺は慌ててどこかに入れないか探したが周りにはラブホテルしかなかった。仕方なく彼女を連れてラブホテルへ入り、ベッドに彼女を寝転がし、一息ついて彼女を見た、お酒が入っていたからか、悶えてる彼女がとても魅力的に思えた。しかし理性が利くうちに出ていこうと思い、ホテル代だけ置いて部屋を出ようとした時だった、後ろから腕をつかまれ振り返るとさっきまで体調の悪そうだった彼女がベッドから降りて立っていた。 「先輩、私のことどう思ってますか。私、先輩になら好きにされてもいいですよ」 絶対に手は出さないと決めていたがもう理性は利かなかった。彼女のことを今すぐに犯したくてどうにかなりそうだった。だからだろうか。その時、雪から『助けて』というメールに気づけなかったのは。
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