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その母親は田原さんの言った通りの人だった。
あるスナックで働いている初老の女性で、私見だが性格の悪さが顔ににじみ出ているような風貌だった。田原さんが「お久しぶりです」と言うと、その人は驚いた顔をした。
そして、「お金なんかないよ」と言う始末だった。田原さんがお金をたかりに来たと思ったらしい。私にはこんな人が血のつながった母親だなんて到底信じられなかった。だが、やはり言葉のやり取りや態度で家族だったのだろうとうかがえた。
田原さんは店を出た後、こんな風に表現していた。
「あんなのと血がつながってると思うと、恥でしかないと思わないか?」と。
私はなんと答えていいかわからなかった。しかも、そんな人に毎月仕送りをしているという。
「何故そんなことを?」と聞いてみても、田原さんは自分が甘いだけだと言うのだった。
「本当にあんな人が?」と、つい疑問を口にしてしまった。
田原さんは淡々と言った。
「あの人が子供をおろさなかったのは、俺がいずれ働いて稼いでくれたら楽できるからってだけだったんだよ。ろくに子育てもしなかったくせに」
私は何も言葉にできなかった。
「まあ、それでも生まれてしまったものは仕方ない。せいぜい何かの役に立つように精一杯生きるだけだよ」
「そんなことを言われても」
私は困った。それ以上何も言えない。
「自分の人生を呪っても、仕方ないことってあるんだ。お前もいずれそれに気づく」
先ほどの飲み会での授業とつながっていたのかもしれない。最後にせいぜいがんばれと激励の言葉も受け取った。
そこで田原さんとは一度別れた。しかし、南武線から京王線に乗り換えたところで、田原さんから連絡があった。また登戸まで出てきてほしいということだった。一体どうしたのか。なんとなく逆らえない空気があったので、仕方なく逆戻りして登戸に向かった。電車だと面倒なのでタクシーを使った。
登戸の駅に着くと、私を待っていたらしく、田原さんともう一人の男性がいた。
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