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登戸近くの民宿に泊まったが、こんなところに宿があったのは知らなかった。男同士で特に気兼ねすることもないので、同じ部屋に泊まることになった。田原さんは気に留めていなかったが、私が気になるので、包帯を買ってきて右腕の応急処置をした。病院に行った方がいいとも言ったのだが、聞き入れてはくれなかった。五十五にもなると、怪我の治りが遅くなるのではないかと思ったのだが、田原さんは病院が嫌いのようだ。
今まで何をしていたのかと聞かれたので、小学校の教師を十年ほどと答えた。その前は大学院で研究室に入り、心理学の勉強をしていた。その過程で大学の講師もしていたと話した。私が教師をしているのは井口さんに聞いて知っていたらしい。
代わりに田原さんがどうして教師になったのかと尋ねると、井口さんに言われたからと答えた。私もそうじゃないかと言われた。確かに影響を受けた部分はあるが、自分でやろうと思ったと答えた。
田原さんは井口さんに教師に向いていると言われたらしいが、その理由については聞いてもよくわからなかった。私自身は教師に向いているとは思っていない。井口さんのようにはなかなかいかないと言うと、どうして井口さんのようにする必要があるのかと返された。田原さんは井口さんのようにしようとは思っていないらしい。結果的に同じようになることはあると言うが、それも意味がわからなかった。同じようにするのと結果的に同じになるのとではどう違うのか。私には理解できない話だった。
田原さんは自分で考えろと言う。そう言いながらも、どうせいい考えは浮かばないと言うのだから、矛盾を感じた。
「ただ考えたってうまくいかない。肌で感じるんだよ」
と言われても、やっぱりわからない。とにかく、結論を急がないということを念頭に置くように言われた。結局田原さんが何を言いたかったのか私にはわからなかった。
その後も他愛のない話をしていたが、気付いたら眠っていた。
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