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その日は雨だった。帰り、傘を忘れた事に気付き雨が小雨になるまで、この昇降口で待つか悩んでいると島愛さんがやってきた。
彼女はこちらを一瞥すると、よそよそしく小走りで近づいてくる。
「あ、あの……さっきはありがとう」
今にも消え入りそうな声。
「お、おぉ。まぁあんなの気にすんなよな」
彼女を見ると垂れた前髪の隙間から薄くて小さい桜色の唇が少し上がった気がした。
その後も雨が弱くなるのを待っていると何故か彼女は帰ることなく俺の方を向き俯き加減に何かを話している。
よくよく見ると彼女のシャツは頭から降り注がれる雨のせいでずぶ濡れになり下に着ている水着が透けていた。俺はそれに気づくと慌てて目を反らし、ため息混じりに言った。
「はぁ。お前それ透けてんぞ」
指摘された彼女は、えっ?と驚いた声を出して自分の姿を見た。
「ご、ごめんなさい……」
「いやいや、そこ謝る所じゃないから」
彼女は左手で胸を隠し右手でスカートの裾を押さえていた。その女子らしい仕草を見て俺はドキリとし、照れ隠しに急いで話題を変えた。
「ところで何か言いたそうだったよね。何だった?」
今度は下を向いていた彼女の、顔が少しだけ上を向いた。やはり顔の全体は見えないが前髪を割くように出ている筋の通った小鼻が見える。
「あ、あのう……」
俺は焦らせることなく彼女が言葉を繋げるのをゆっくりと待つ。
すると彼女は言葉を繋げずに、自分の鞄の中を漁り始める。鞄の端で揺れる魚のストラップに目を奪われていると不意に水色に白い水玉模様の折り畳み傘を渡された。
「これ……」
彼女は言葉にせず、ん!っと俺の手を取って強制的に傘を渡して、走り去ろうとした。俺は慌てて声をかける。
「よかったら一緒に……一緒にかえらないか?」
なに言ってだ俺。
自分が何故こんな事を言ったのか全くわからなかった。傘を借りたから?彼女が雨に濡れて帰るんじゃないかと心配になったから?そんな事を自問自答してると自分の心臓の鼓動が加速し顔が紅潮していくのがわかる。
「うん……」
こうして俺と島愛は帰る事になった。
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