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そして彼女は次の日から学校に姿を見せる事はなかった。先生に聞いても家の事情だから答えることはできないと門前払いされ避けられる。
彼女の居ない教室は普段の教室と何も変わらなかった。あたかも彼女が元からこの世の何処にも存在していなかったように振る舞っている。その様子を見て胸の奥が痛み息が詰まりそうになる。
「おい。次って移動教室じゃねぇか」
クラスメイトの奴に言われて「あぁ」と生返事をし授業の準備を始めようと立ち上がったその時、後ろから声がした。「おい!あぶな……」振り向いた瞬間、頭に強い衝撃が走り視界か真っ白に──
目を開けると何故か教室の天井が見えた。
何で俺は天井を?
体を起こそうとすると鋭い痛みが頭の奥に走り思わず顔をしかめた。
「心晴大丈夫かよ。もろに直撃してたぞ」
話を聞くと、どうやら外から野球ボールが飛んできて俺の頭を直撃したらしい。
「大丈夫だ」
立ち上がると嘔気が襲い口を押さえた。
「ちょっと気持ち悪いから保健室行ってくる」
そう言って俺は教室を後にした。
寝ていれば楽になるだろう。それにしてもボールが窓の外から飛んで来て当たるとかどんな確率だよ。
保健室に着き扉を開けた。窓から風が吹き、保健室の白いカーテンがふわりと揺れる。保健室特有の消毒液の匂いに混ざって、よく知っている香りに俺の鼻腔が反応した。塩の香り……瑠璃……?
俺は保健室に入ると辺りを見回す。カーテンが閉まっている場所は一ヶ所だけだ。それを見つけると早足でその場所に近づいた。
塩の香りがより強まる。
そしてカーテンに手をかけた。
鼓動が胸の内側で暴れている。いつの間にか頭痛も気持ち悪さも何処かに吹き飛んでいた。
今はとにかく瑠璃に会いたい。会えなくなった今だから分かる。
俺は瑠璃の事が好きなんだ。
俺はカーテンの隙間からそっと覗いた。
そこにはベッドではなく机と一人の少女が座っていた。頭上には雨雲があり雨を降らし続けている。濡れた髪から制服を伝って床の、ブルーシートの上に水溜まりを作っていた。俺はカーテンを勢いよく開け叫んだ。
「瑠璃!」
その声に驚いたように肩を跳ねさせ緩慢な動きでこちらを向いた。
「心晴く……ん?」
握り拳に力が入る。胸の奥から何かが込み上げてくる。
「何でこんな所にいんだよ」
彼女は俺の事を静かに見ている。
声が震える。情けない。こんなときぐらいしっかりしろよ俺。
「いや、そんな事はどうでもいい。俺、お前の事」──
それは急だった。彼女から俺の胸に飛び込んできたのだ。
俺は彼女の肩をそっと掴む。その肩は震えていた。無性に愛おしく感じ彼女を両手で抱き締める。
彼女が顔を見上げると俺と視線が合う。その視線に息を飲む。髪の毛の隙間から見える天色の瞳は湖畔に太陽光が反射しているようにキラキラしていた。
そして──
初めて唇に感じる柔らかい感触。
それは彼女の唇だった。
***
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