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キスを終えると俺の体は急速な異変を感じ取った。激しい動悸に教われ体内が熱に覆われていく。
一体どうしてしまったんだ。
「体が熱い」
意識が朦朧とするなか彼女に介護され隣のベットに寝かせられる。
あれ?瑠璃?
いつも垂れ下がっている前髪がない……顔がはっきり見えるが、視界がぼやけてよく見えない。
遠退く意識の中で彼女は耳元で「さようなら」と言うと保健室を出ていく。その後ろ姿を最後に気を失った。
次に目が覚めたときは下校の時間だった。飛び起きると頭の痛みはすっかりと無くなっていた。俺は保健室を飛び出すと教室に向かった。教室には数人の女子が残っているだけだった。
「おい!お前ら愛島見なかったか?」
女子は揃って首を傾けた。
「誰それ?」
「誰ってお前愛島瑠璃だよ。頭の上に雨雲があっていつも雨に降られてる奴だ」
「何その子、頭の上に雲?そんな子いるわけないじゃん」
女子はケラケラと笑う。
俺は全身の血液がぶくぶくと沸き上がるのを感じ口を開く。
「瑠璃は居るんだよ!このクラスに居るんだ!」
そう吐き捨て俺は教室を飛び出した。
職員室に向かい先生に瑠璃の住所を聞く。
「愛島瑠璃?そんな子このクラスに居ないわよ」
先生まで……どうして。
あれは俺の作り出した幻だったっていうのか?
両手を見る。彼女の震える体の感触がまだ残っている。唇を触り彼女の唇の感触を思い出す。薄くほのかに鉄の味がした唇……
鉄の味……
俺はぴーすけの時の事を思い出した。
もしかして皆が彼女の事を覚えていないのも何か彼女の特殊な力が関係しているのか。
とにかく彼女に会いたい。じゃないと本当にもう二度と会えない気がしたから。
俺は雨の日一緒に帰った道を自分の記憶を便りに進んでいく。暫くすると塩の香りが鼻先を掠める。
後少し。後少しだ。
この前別れた駅の前まで来た。彼女は家がこの近くだと言っていた。道路は一本線。俺は駅を通り過ぎると先に進んだ。すると向こう側に海岸が見えてくる。
本当にこの辺りに家があるのだろうか?
さらに足を進めると道路は途中で終わり砂浜になる。ここに来るまでに民家は一軒も存在しなかった。
俺は両膝から崩れると握り拳を砂浜に打ち付け叫んだ。
「なんでだよぉぉぉお!」
俺の声はさざ波の音にさらわれる。届くことのない声。
届けたい?
誰に?
あれ?
どうして俺はこんな所に居るんだ。
ここで何を?
頬を触ると自分が泣いていた事に気づく。
何か大切な事を忘れてしまった気がした。一体何を忘れたんだ。何か大切な何かを……駄目だ思い出せない。
「心晴くん?」
突然呼ばれた名前にドキリとする。
「だれ?」
声がしたのは海の方からだった。砂浜を踏みしめゆっくりと海に近づいていく。陽が落ちてきているせいで遠くが見えにくい。でも微かに見える人影を目指し進んでいく。
あれはうちの制服?誰だ。俺は嫌な予感がして走り出した。
「おい!お前!早まんな」
俺は海に入っていくと腰まで浸かっていた彼女の腕を掴み止めた。
「どうして来たの?」
「どうして?そんなの決まってんだろ助けるためだ」
彼女はこちらを見た。天色の大きな瞳に筋の通った小鼻に薄い唇。美しい外見とは別に見慣れない部分があった。
彼女の首にはエラのような物がついていた。エラは呼吸に合わせて開いたり閉じたりしている。
「心晴くん……」
彼女は俯くと息を吐いた。そして向き直る。その目は力強く魅惑的で全て見透かされていそうな気がして心臓がきゅっとなる。
「こんな醜い私を助けるって言えるの」
「当たり前だ」
即答で答えた。
「どうして?このエラ見えないの?私人間じゃないの。怪物なんだよ。体が乾いちゃうからずっと頭の上から雨を降らせてる変な子なんだよ」
「そんなの関係ないだろ。人が海に身投げしようとしてて止めない理由がないだろ」
彼女はくすりと笑う。
「そうだった。心晴くんってこういう人だったね。だから私は心晴くんのことを……何で私忘れてたんだろう。」
「え?なんて言った?」
「何でもない。それより身投げの件だったら問題ないよ。だってほらっ」
といって足元を指差す。そこには虹色に光を放つ鱗と尻尾が見える。
「君ってまさか……人魚?」
「そう。私は人魚。明日から心晴くんと同じ高校に通う高校二年の愛島瑠璃よ。宜しくね」
出された手に不意をつかれ、一瞬呆気にとられるが直ぐに手を出し握手する。
そうこうして新たに二人の高校生活が始まったのである。
***
「人魚高校から転校してきた人魚の愛島瑠璃です。皆さん宜しくお願いします」
教室が歓声に沸いた。それは彼女が美人なのもあるが人魚という存在だからだろう。
「じゃ島谷の隣座ってくれ」
先生がそう言うと彼女は俺の隣に座った。
「宜しくね心晴くん」
彼女は眩しいくらいの満面の笑みを見せた。頭上から降る雨とは正反対の笑顔。それはまるで天気雨のようだと思った。
「あぁ宜しくな瑠璃」
了
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