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広い院内は口の字の吹き抜け構造になっており、2人は中庭が見えるガラス張りの壁の前で順番を待つことにした。
ガラス越しに眺める雨は、なぜだか優しく感じる。雨が庭木の汚れを洗い流し、緑はみるみる輝いていく。晴天の風にそよぐ木々も気持ちよさそうだが、雨にうなだれて濡れる葉もまた、生命力に満ちているものだ。
「綺麗ね…」
紫音がガラスに顔を寄せ、滴る雨の筋を細い指でなぞる。水溜りに落ちる雨音は、単音ならマンドリンのような艶やかさ。時折連続すると、同じマンドリンでもトレモロのように繊細な響きを奏でていた。
「私、雨は嫌いじゃないの。出不精だから外に出ない理由にもなるしね」
「じゃ縁、次は雨の日に紫音先輩を連れ出しますからね!えへー」
縁の言葉に少し笑いながら、ぼんやりと雨を眺める紫音。その横顔があまりにも美しい透明感を放っていたので、縁は雨そっちのけで紫音を見つめてしまっていた。
診察を待つ時間は長い。縁はそれでも紫音といられれば嬉しく、幸せそうに紫音の左手に自分の右手を重ねる。
「縁、背中痛いでしょ。本当にごめんね。私のために」
「何言ってるんですか、先輩が右腕を重ねてくれなかったら背骨は折れてました。助けてもらったのは縁の方です」
「ううん、私は1人で生きようと思ったのに、結局誰かに救われてばかり。弱いわ」
「紫音先輩…わかんないけどきっと、1人で生きるのだけが強さじゃないと思うんです。わわ、偉そうなこと言ってごめんなさい…」
「そうかもね。だって私、縁がいて嬉しいもの。それがきっとそういうことなんだわ」
縁は泣きそうになりながら、紫音の細い肩に(傷に触らないように)小さな頭を寄せた。愛しい人の温もりを感じるのに昨日のような極限状態も悪くないが、やはり平和な時間の方がいい。
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