1、転生先

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1、転生先

介護士の俺が、突然流行った感染症による施設閉鎖を受けてクビになった。家への帰り道だ。突然トラックに跳ねられて転生した先、そこは、 「魔王軍 特別養護介護老人ホーム"腐流殺人(ふるさと)"へようこそ」 魔王軍の高齢者が入所する老人ホームだった。 「若い介護職が、みーんな勇者との戦争に取られてしまって誰もいなくなって困ってたの。私はセンター長でダークエルフのビー子よ。よろしくスズキさん」 「はあ、どうも」 ここは勇者と魔王の戦いが繰り広げられているよくあるファンタジーな世界らしい。しかし老人ホームがあるとは。そこまで魔王軍が生き残って高齢化できるような緩い世界だなんて、きっと勇者はポンコツなんだろう。 「あー……飯はまだか?」 「いま食べてますよ」 俺は今、年老いた一匹のドラゴンになんだかよく分からない赤色のお粥をスプーンで食べさせている。 今は食事の時間だ。教会の講堂のような広い場所に、テーブルが並べられて数匹のモンスターたちが食事をしている。うすい緑の肌のオークは大きな荷馬車を改造したらしい車椅子に腰掛けて大鍋を啜る。 隣には狼男だろうか? 随分と毛が抜けて禿げている。尻尾がネズミみたいで可哀想だ。食事中に何度も立ち上がろうとするから「ワン太さん、座ってて」とダークエルフのビー子が声をかけ続けている。 その正面にいるのはゴブリンだろう。蓋を開けたきり食事を見つめている。その隣にはタイヤつきの水槽があり、老婆の人魚が人形を水槽の縁に置き、楽しそうに歌いながら魚を丸ごと食べている。他にも種類がよく分からないモンスターたちが黙々と食事を続けている。 なるほど、高齢者だ。姿形は違えど、ここにいるのは要介護の高齢者たちに違いない。 なぜ俺がここに来たのか。転生先が恐ろしいことにこのセンターの風呂だった。その目の前で一人のおじいさんが何もないところで躓き、転びかけた。 「危ない!」 咄嗟に手が出て、おじいさんを支えていた。よく見たら角が生えていたが、その時は気づかず、おじいさんの体を支えて安定させ、近くの椅子に座らせた。 「怖かったですね。痛いところは?」 その声かけと対応を、頭が二つある大きな兎を抱えたビー子が見ていた。 「あなたが新しく派遣された介護士さんね!待ってたわ!私、一人でどうしようかと本当に困ってたの」 涙ながらに喜ばれた。その時、ようやく周囲がモンスターだらけなことに気が付いた。そして、転生したことも。 すぐに自分は人間であること、この世界のことは知らない、派遣された訳じゃないとビー子に伝えた。 するとビー子は首を横に振って答えた。 「魔王軍の上層が、適当な世界の介護士を選んで転生させて派遣するって言ってたから間違いないわ。よろしくお願いしますね。欠員が補充できたら、元の世界に返してあげるって言ってたから、それまで手伝ってください!」 まずは入浴介助! とビー子が兎を風呂場へ連れていく。目の前のおじいさんに視線を戻すと 「風呂いれてくれるんかー」 嬉しそうな笑顔に「はい」としか言えなかった。 そして今に至る。 カチャカチャとスプーンで赤い汁を掬い、ドラゴンの口にまた放り込む。 ってかドラゴンだよな? 牙もないし、爪なんかボロボロ。鱗も汚い。あ、なんか出てきた。これは…… 「ひっ、人の指!?」 なんつーグロい物を食ってんだ!そして俺は食わしてるんだ!と思ったのもつかの間、ビー子が皿を取り上げた。 「んもー。こんなのドラ男さん食べたら噎せて死んじゃうじゃない! 料理担当に文句言わないと! ミキサーかけてこなくちゃ」 ぷりぷりと怒りながら料理を持っていった。 「飯はまだか?」 「……ちょっと待ってくださいね。もうすぐ来ますから」 フロアに残された俺と年老いたモンスターたち。その間にも狼男はまた何度も立ち上がろうとしていた。どこに行きたいんだろうか。 「えーと確か……ワン太さん。どこか行きたいんですか?」 「ワシはこんなとこに居れん。勇者を倒しに行く」 禿げた狼男のワン太は立ち上がった足でフラフラと歩きだす。他のテーブルからも 「勇者? ワシが倒す」 「ここどこだ」 「飯はまだか?」 「お母ちゃーん」 口々に声が上がりだした。こんな時、こんな時は……!俺は大きく手を上げて二度と三度叩いた。 「みなさん、注目! 今日からお世話になります! 介護士のスズキです! よろしくお願いします! 特技の歌を歌いますね!」 『スキル:話題そらし』 フロアの高齢者たちが、みんな俺を見だした。 「おい、人間だぞ」 「勇者の手先か!」 「人間の介護士先生か、珍しいな」 「まだ若いのー」 狼男も戻ってきて席についた。そうこうしている内にビー子も戻ってきた。 「まあ、流石!」 ビー子が俺の歌に手拍子で合わせる。フロアの皆が歌いだした。 こうして俺の新たな働き場所が見つかった。
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