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墨田がクーラーを入れたのを見て、朝来野は窓を閉める。
「これだけ日が差してたら、海も車の中と同じぐらい暑くなってるかな」
「車ほどは暑くないでしょう。でも、洞窟よりは暑いかもしれません」
「洞窟の金魚鉢で暮らしていた時はどう思ってたんだろうね。寒すぎたかな」
「温度よりも、音が気になったんじゃないですか? 私は慣れたので、あの雨音が好きですけど」
「僕もあの雨音が好きなんだ。ゆっくり動くアオウミウシを見ながら、雨音を聞いていると、懐かしさに似た心地よさがあったんだ」
洞窟でほとんどの時間を過ごしている墨田に、どんな生い立ちがあったのだろう。美しくなりたいと願っても、その姿が分からず、人目の付かない洞窟に引きこもってしまった。
朝来野は自分の前職の人間関係を思い出す。みんな自分が一番美しいと信じて疑わない。そんな人たちからはみ出してしまった自分も美しさが分からなかった人間だ。
墨田と二人きりで仕事をしていく中で、海藻を食べるだけのアオウミウシのように、美しいままではいられないだろうと朝来野は予感している。きっと複雑な感情を積み上げていく。
アオウミウシにできなくて、人間にしかできないこと。
自分の存在が墨田さんをどれほど苦しめるだろう。
「明日の服装はどうしましょう」
「好きな服でいいよ。もうアオウミウシがいないから、華やかなのがいいな」
華やかな服……どんな服だろう。
朝来野はきらめく波間を眺めながら、とびきり華やかで可愛い服を思い浮かべていた。
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