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今更、家にあがることを躊躇する関係でもない。だが彼女は遠慮しているのか、通知欄はすっかり大人しくなってしまった。
ロック画面に表示された時間を確認してから、体を起こす。ずっと横になっていたせいで頭が重かった。耳に挿しっぱなしだったイヤホンをむしり取ると、急に現実がやってきたようだった。部屋の換気口を通じて、濡れた道路を車が走る音が聞こえてくる。どうも雨が降っているらしい。ベッドから抜け出した。
洗面所に通じる廊下は湿った空気で淀んでいた。手の中で、スマートフォンの画面が光る。
『お願いしていい?』
1万回お願いされてもいいよと返したいのを堪えて、にやけた顔で「平気」とだけ送った。壁にもたれた僕のもとに、買ってほしいものの名前がてんてんと送られてくる。増えていくそれらを眺めながら支度を始めた。
僕の傘のハンドルには、マスキングテープが貼られている。大学で傘が盗まれたという話を弓月にしたら、彼女が貼ってきたものだ。白と黒の水玉模様は黒いハンドルに案外馴染んでいて可笑しかった。見る度に、勝手に貼っていたずらっぽく笑った彼女のことを思い出す。
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