盗んだ傘

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盗んだ傘

 小川がヘアサロンから出ると、雨が降っていた。  スマートフォンを出した瞬間、霧状の雨を伴った風が吹いてきて、早くも髪の崩れる気配がした。  険しい顔で水滴が乗った画面を見下ろす。前田から送られてきたメッセージは『待ってますね』なんていう恋人に向けた台詞みたいなもので、苦笑を誘われた。  店の外まで見送りに来た美容師が天を仰ぐ。愛想笑いと共に「降ってきましたね」と言ってきた。セットした髪が目の前で台無しになるかもしれないのに、そんな簡単に済ませてしまうのかと思ったが、彼にとっては目の前の客の髪なんて今日セットしたうちの一つに過ぎないのだろう。 小川にとっては違った。 どうせ死ぬなら綺麗な格好で、という考えがあってのことだった。
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