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瑠璃葉
「なあ、そろそろいいだろ。」
肩に乗る手をポンと叩く。
「何がいいの?」
肩に乗る手が腰に回る。
「分かってるくせに。」
甘い声が耳朶をくすぐる。
だけどその手には乗らない。
「雨、やまないね。」
彼の手がそっと離れる。そう。これはお約束。雨という単語が出れば彼は手を引く。これはこの三年、彼のお決まりのスタンス。
テーブルに乗せたフォトフレームに向けてグラスを掲げると彼も手にした缶ビールを揚げる。
「健太の誕生日に乾杯。ついでに三回忌お疲れ!」
誠也のふざけた音頭に苦笑を漏らしなが私も合いの手を入れる。
「乾杯。」
*
健太がマンション前の交差点で事故死したのは三年前のこの日。
急に降ってきた雨に慌てて洗濯物を取り込み始めた時だった。たまたま健太より先に部屋に来ていた誠也もベランダに出てきた。多分取り込みを手伝ってくれるつもりだったんだと思う。洗濯物を取り込む私の手と誠也の手が重なった。
「あ、ごめん。」
手を引っ込めようとした途端、タイヤとアスファルトの摩擦音が耳をつんざいた。
続いてドンとぶつかる音。
何事?と思いベランダから乗り出すとトレーラーが交差点を突っ切って歩道用信号の前で止まっていた。
あっという間に人だかりが出来ていくのをぼんやり見守っていた私の腕を誠也が引っ張った。
「事故だ。行こう。」
あの時は気づかなかったけど、今思えば誠也の顔は青ざめていた。
引っ張られるままマンションを出て人だかりのほうに向かうとトレーラーの運転手がまだ車の中で途方に暮れていた。茫然自失、というのが正しいのかもしれなかった。
遠くでパトカーと救急車のサイレンの音が聞こえてきた。多分見物人の誰かが通報したんだろう。
そんなことを考えながら人だかりをかき分けていく誠也に従った。
人の垣根が消えた時、私の目に信じられない光景が飛び込んできた。
「嘘………」
次に口から出たのは、もう声ですらなかった。
目の前に雨で血を洗われながら静かに横たわる健太がいた。
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