瑠璃葉

2/2
前へ
/7ページ
次へ
* 誠也は健太の親友だ。私が健太と出会って間もない頃、たまたま居合わせた誠也を紹介された。何事も奥手の健太と違って誠也は手の早い軽い男に見えた。 自分的には健太のような誠実な人間が好み。誠也は名ばかりで薄情。実際次々に彼女が変わると健太から聞いていたせいか最初はどうにもいけ好かないと思っていた。 なのに。 気が付けば何となく気になる存在になっていた。恋愛感情とも言えないほどの軽い引っ掛かりだったけれど。 健太がこの世界から消えたあの日以来、自分を支えてくれた誠也に対する感情が変化した。 ほおっておけばどんどん沈んでいく自分を、誠也は常に見守り引き上げてくれた。そのおかげで私はこの三年生きてこられた。立ち直る、まではいかなくとも落ち着いて生活が出来るようになった。そこまで自分に寄り添ってくれている誠也に心が傾いているのは事実だ。 それでも……。 フォトフレームの中で健太と私が笑ってる。 彼はもういない。いくら待っても帰ってこない。これから先も帰ることはない。私の未来から彼の存在は消えたのだ。 だったら誠也に身も心も委ねてもいいと思う。例えばそれが誠也にしてみればいつもの遊び程度のものであったとしても。 少なくとも自分はこれ以上苦しまずに済むかもしれない。誠也の腕に抱かれることで、彼に惹かれる自分をなだめるくらいはできるから。健太を忘れ、あの事故を忘れ、誠也だけに溺れる時間が一瞬でも持てるなら、と頭の中では思うのにその一歩が踏み出せない。 どんな形にせよ例えそれがひとときの間であろうと、自分が幸せになるのは健太に対して申し訳ないーーーそう思うと身動きが取れなくなる。 未だに雨に濡れた健太の死に顔は自分の脳裏に強く焼き付いている。多分それは一生消えることはない。 「せめて何か形で残してくれてたら、なあ。」 ぼやきつつ左手の薬指を眺める。そこにはするんとした指があるだけ。誠也は二本目の缶ビールを開けながらテイクアウトしてきたチキンを黙々と咀嚼している。 私は水滴まみれになったグラスを煽る。 ただおつきあいしてました、というだけの私は彼のお墓に行くこともできない。婚約指輪の一つもあれば、堂々とお墓参りにも行けるのに。 だからせめて彼の誕生日兼命日のこの日、開けなかったバースデイパーティーを開く。 そして今夜もまた、心の中でごめんなさいと謝りながら誠也の求愛を茶化す。 あの日以来、自分の中でずっと雨が降り続いている。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加