止まない雨

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止まない雨

 空から落ちた水滴は木の葉を打ち、小枝が揺れて大粒を十ほど弾き出した。地面に敷き詰められた落ち葉がそれを受け止め、パチパチと音を出した。その音が幾千、幾万にも重なり森中に轟いている。  雨は連日続いていた。獲物となる動物は巣穴に籠もってしまったため、飢えた狐は人里に降りる他なかった。だがそこで、しくじった。  魚屋の間抜けな店主を横目に鯛を咥えて、ずらかろうとした時だった。「狐?!おい魚屋!狐に魚を盗まれるぞ!」隣家の男が雨音では消えぬほどの大声を出した。「なに?!何してやがる!待てこらぁ!」魚屋の怒号を背に狐は雨の中を走り出した。見つかりはしたが、人間の脚では到底追いつけまいと、内心ほくそ笑んでいたとき、ドン!と音がした。何かが狐の脇腹を貫いた。驚きと同時に痛みが込み上げ、狐は鯛と共に泥水に倒れた。脚に力が入らない。後方から追いかけてくる人間の声。殺される、寝ている場合じゃない!狐は再度鯛を咥えて森へと夢中で走り去った。  藪の中に倒れ込むと人間の声はもう聞こえなかった。逃げ仰せたものの、もはや命からがら手に入れた魚を食べる気力さえなかった。ドクンドクンと体が脈打ち、血が流れ出ていることを知る。ずぶ濡れで寒気がするのに、脇腹が妙に熱い。  …ここで俺は死ぬのか。実に呆気なく、情けない最後だ。そもそも俺の生きた意味などあったのだろうか。家族がいるわけでもなく、ただ自分の生を保つために獲物を追う日々。俺なんかが生きていようが、死んでいようがどちらでも良いことなのだろう。俺に生きる目的など無く、この世に執着するような未練はない。ならば何を恐れることがあろうか。潔くこの定めを受け入れるまでだ。  しかし…それでもやはり、虚しいかな。母上、父上、申し訳ない。生み育ててくれたあなた方の期待に、俺は何も応えることはできませんでした。どうかお許し下さい…。
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