客人①

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客人①

「き…さん?」  土砂降りの中、横たわる狐の元に小さな客人がやってきた。 「狐さんだよね?」  その声は幼くも力強く、雨音に負けずに狐の鼓膜を振動させた。俺はまだ生きているのか、と疑問を抱きつつも狐は重い瞼を少し開けた。だが目の前には誰もいない。幻聴か、ついに天から迎えが来たのだと思った。 「狐さん!」  より鮮明に声が聞こえた。気がつくと鼻の先に黒い何かがいる。両目を寄せて見ると、一匹のダンゴムシがふてぶてしく手、いや脚をこちらに振っていた。 「なんだ…お前」 「良かった、狐さん生きてた!僕だよ、この間狐さんに助けてもらったダンゴムシ。そんなことより、狐さん死んじゃうよ!早く血を止めないと!」  そう言うとダンゴムシは鼻から降りて姿が見えなくなった。ダンゴムシを助けた覚えなど狐にはなかった。狐違いか?もはやどうでも良いことだった。最後に話す相手がダンゴムシとは実に滑稽な話だ、と狐は目を閉じた。  しばらくして、唐突に狐の脇腹に激痛が走った。 「ぐあっ!あああ!!!!」  それは傷口を弄くられる耐え難いものだった。 「だ、誰だぁ!!俺に触るなぁ!」 「狐さん、動かないで!今傷を塞ぐから!ちょっと我慢して!…みんなー、大丈夫!続けてー!」  ダンゴムシがいつの間にやら狐の鼻先にいた。潰してやろうと、前脚を動かそうとしたが力が入らなかった。顎を引き、自分の脇腹に目をやると、悍しい光景がそこにあった。数多のダンゴムシが黒い塊となって蠢き、傷口を覆っていた。狐は身を捩ろうとしたが、体が多少揺れた程度の無意味な抵抗に終わった。 「そこをどけ!俺を食うんじゃねぇっ!」 「動かないでって言ってるのに。ほら、もう終わったよ。ひとまずはこれで血は止まったけど、安静にしてなきゃ駄目だよ」 「はぁ…はぁ…あ?」  脇腹の黒い塊が解散していき、残された傷口は緑の葉で栓がされていた。気がつけば呼吸が少し楽になっていた。靄がかかっていた視界も少しばかり晴れたように感じた。 「しばらく動かなければきっと良くなるよ」 「…疑って悪かった。お前、なんで俺なんかにこんな」 「もらった恩を返しただけだよ。覚えてない?僕は道に迷って仲間と逸れて、空腹で泣きながら一匹でいるところを君に救われたんだ。君はそんなつもりじゃなかったのかもしれない、でも君のおかげで僕はこうして仲間といられるんだ」 「もしかしてお前、この間道のど真ん中でひっくり返ってたチンチクリンか。いや待てよ、俺はただ転がして遊んでただけだぞ。むしろ恨まれる側だろ」 「うん、確かにだいぶ転がされて僕は気持ち悪くなったよ。このまま遊ばれて死ぬんだって思ったもの。でも君は最後に『チビはさっさとママのところに帰れ』って、石の下にいた仲間の元に僕を届けてくれた。そこでご飯をもらって、僕は無事にママのところに帰れた。君は僕の命の恩人、だから君の力になれて僕は嬉しいんだ」 「大袈裟なやつだ。だけど助かった。次は丁寧に転がしてやるからよ」 「いやだよ、本当に吐きそうだったんだから。それじゃあ僕は行くね。この雨が止んで、君が元気になったら一緒に遊ぼうね」  笑顔で前脚を振ってダンゴムシは鼻先から降りていった。 
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