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「血の雨」
今日もこの魔法学校では優秀な魔法使いを目指して、みんな頑張っています。
が、今日は何やらこの学校は狙われているようなのです……。
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まだ梅雨は明けていませんが、予報では久しぶりに良く晴れた1日となるようです。
ただ、このところの長雨で学校の裏山周辺でも地盤が弛んでいて、いたるところに”落石注意!”の標識が立てられています。
気をつけないといけません。
「時はキターー!」
フフフフフフと笑う黒い影が2人分、学校の裏門に近づいていました。
「悪魔さん、ついにやってやるんスね!」
ぴっちぴちの、それでいて地味な薄手の衣装に身を包んだ魔族の女は言いました。首の後ろ、どちらかというと後頭部の下の方から生えている2本の短い角が特徴的な女魔族は、この悪魔さんを慕っている様子です。
「あぁ、そうだとも、ついにだ!」
悪魔さん――、と呼ばれるこの者は黒い布切れで全身を覆っているせいか身体的特徴はまるでわかりません。
「今日こそこの魔法学校に、止むことのない真っ赤な血の雨を降らせてやる!」
フフフフフフと笑う悪魔さん。
そんな悪魔さんを見て女魔族が声をかけます。
「しっかし、悪魔さんその格好、暑くないスか? 悪魔さん歩いてきたとこ、汗で濡れてますもん、ホラ、地面が」
「暑っついに決まっておるぅ。でも、この布とると溢れんばかりに溜めこんだ魔力が学校の奴らに察知されてしまうのだ」
たしかにぜぃぜぃ息を切らしているのがわかります。
「いや、ホントここまで魔力回復するの大変だったんだから……。キョメも良く付き合ってくれたな」
黒い布から女性的な細い腕が伸びると、キョメと呼ばれた女魔族の頭を優しくなでました。
でへへへ、と、肩をすくめるようにして喜ぶキョメさん。
さて、と黒い布をバサッと脱ぎ捨てる悪魔さん――。
見た目はどう見ても女性です。相当に暑かったのか黒い布の下には最低限を覆い隠す水着しかつけていなかったようです。角はありませんが小さめの黒い翼が背中に生えています。
――全身に満ちる大きな魔力を両腕に集中させると、何やら詠唱しゆっくりとその両腕を頭上にかざします!
瞬間、地鳴りとともに大地が大きく揺れ、木々にその振動が伝わると鳥たちが慌てたように鳴きながら飛び去っていきます!
おおおおぉと興奮気味に驚くキョメさん。
え? あれ? なぜかこれには悪魔さんも驚いていました。
「え。これ私じゃないよ……」
と、どこかで大きな岩が転がる音がしたかと思うと、きゃ! と悲鳴が聞こえました。
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地震が起きたとき、この学校の生徒も裏山のすぐそばにいました。
きゃっ! と悲鳴をあげるイエラさんを庇うように、覆いかぶさって両腕を地面につくユイオ君。
ユイオ君の背中には大きな岩が乗っかっていました。
「いっ痛ぇぇ!、早く、そこどいて、早く!」
コクとうなずくとイエラさんはユイオ君の腕の間から這い出ました。
ユイオ君はすかさず背中の岩を坂の下の方に落とします。
ユイオ君の全身は赤く光っています。『アドレナリンラッシュ』と『МPドレイン』というユイオ君のもつ身体機能強化と魔力吸収スキルが発動してしまっているようです。
「ハァ、ハァ、イ、エラさぁ、このくらい…避けられるようじゃないと、スキルアップ講習で1位になんてなれねぇぞ!」
「だって、急に地震くるんだもん……。でも、また助けてくれて、ありがと……」
ありがと、が聞こえたものの反応に困ったユイオ君はすぐに言います。
「――この道、いたるところに”落石注意!”の看板立ってんだろ、山側は常に気をつけてろよ」
ユイオ君は、こんなスキルだって痛いもんは痛いんだぞ、と肩をさすりながらしゃがみ込みました。
「しっかし、このあたり天然の魔力岩とかあんのかよ? すっげぇ魔力が流れ込んでくんだけど……」
ほら土こねてマジックボールつくるぞ、とユイオ君に言われると微笑んでしゃがみ込むイエラさん。
「もったいねぇから作れるだけマジックボール作んぞ」
(どんだけな魔力なんだよ、まったく――)
ユイオ君は釈然としないまま土をこねて何やら詠唱して魔力を込めていきます。
「うん。もったいないよね、どんなに吸収してもしばらく使わないと消えちゃうんだもんね、その魔力」
イエラさんは嬉しそうに土をこねていきました。
まったく練習なんか付き合ってやるんじゃなかったぜ――、ユイオ君は1つマジックボールができるたびに口を尖らせてはブツブツ言っています。
イエラさんは、――いまの赤く光っているユイオ君、私の髪とお揃いだね、と小さな声で言ってみましたがユイオ君には聞こえていないようでした。
しゃがみ込んでいる赤い光を纏った少年と赤い髪の少女は、少しだけ距離を縮めると、こねこねこねこね土を丸めていきます。
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「あれ? 悪魔さん、なんか縮んでいってないスか?」
キョメさんに言われて足元を見る悪魔さん。たしかにだんだん地面が近づいてきています。
「そうゆうキョメこそ、ずんずん小さくなっておるぞ」
お互いの体型もどんどん貧相になっていきます。
2人は、あれ? あれ? とキョロキョロしていると、大変なことに気がつきました。
――魔力が消えていっている!
「あわわわわ、どうしましょう? 悪魔さん、これって血の雨を降らす何かの準備スか?」
違う、違う、と首を震わせる悪魔さん――。
「わからん! なんだこれ!? こんなことは初めてだ――。あ。いや、ずっと昔にも1回あったような気もするが……」
とにかくなんとかせねば、と慌てる悪魔さんは、
「とりあえず、この場所を離れんと魔法学校の連中に見つかったらヤバい」
そう言ってキョメさんの脇の下から手を入れて抱え、飛び立とうとした瞬間、巨大な手のひらにぐむっと掴まれてしまいました。
2人はそこで気を失ってしまいました――。
巨人は片手に2人を握りしめたまま校舎の中へと駆け込んで行きました。
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水に濡れる感覚で2人は目を覚まします。
G
「――悪魔さん、なんか私たち閉じ込められてしまったようスよ?」
土砂降りの視界の先には確かに水の滴る透明の壁がありました。よく見ると四方は透明な壁に囲まれています。
足元は柔らかい腐葉土が敷かれているようです。 G
見上げると天井は黄緑色の柵になっていて、そこから大粒の雨が降ってきているのがわかりました。
G
「わからんが、捕まってしまったのは間違いないようだ……」
2人がその空間の出口を探そうと歩き出すと、雨が止みました。
2人は火炎魔法を透明の壁に向けて放とうとするも、指先でぷすっと煙るだけでした。魔力が空になっているのです。
G
慌てるキョメさんを落ち着かせようと、悪魔さんは大きな枯れ葉を指さして言いました。 G
「とにかく魔力が回復するまで、あそこで隠れていよう」
遠くで声が聞こえます。ところどころ聞き取れませんが2人は耳を澄まします。
――校長先生、拾ってきた変な……、生き返ったよ!
――あら、それなら餌でもあげて…たら?
――どんなのがいいの?
――虫とかいいんじゃない? この飼育室、最近よく……が出るから、それ捕まえて食べてもらったら?
声が聞こえなくなり、しばらくすると黄緑色の天井の柵が消え、何かが降ってきました。
G G G GG G G
降ってきた黒い何かの1つは2人に突進するように向かってきます! ガサゴソと大きな音を立てながら物凄い速さで近づいてきています!
ほかのいくつかの黒い何かも隅っこに転がっている大きなフルーツへと散らばって行きました。
なんだろう?と目を凝らしている2人……。
「いーーーーやーーーー!」
何かが分かるや否や、キョメさんは悲鳴を上げます!
自分たちの身長ほどもある大きなゴキブリ(以下Gと略します。以前もGですが……)が天井から降ってきていたのです!
悪魔さんを盾にするように後ろに隠れるキョメさん!
「だ、大丈夫だ、キョメのことは死んでも守る! こんなの私の敵ではな――」
言い終わる直前、悪魔さんは頭部に衝撃を覚えました。
カジカジカジカジ……。
悪魔さんはそれでもキョメを庇いながら耐えていましたが、だんだんと意識が遠のいていくのがわかりました。
すると目の前が赤く染まっていきます。
「ほ、ほらどうだ……。血の雨を降らせてやったわ……」
「悪魔さーん! それ悪魔さんの血ですぅ! しっかりしてくださいっ! 負けないでくださいっ!」
キョメさんは悪魔さんの頭部からクジラの潮のようにぴょーっと吹き出る血を見ながら泣き叫んでいます!
消え入りそうな意識のなか、悪魔さんはそれでもキョメさんを安心させようとして話します。
「大丈夫……。自分が何者かもわからんうちに死ぬわけには…いか、ぬわ……」
キョメさんも近くの大きな葉の茎を振り回して叫びます。
「人間どもめっ、我らが使役すべき魔獣を好き勝手に狩りまくりやがって! 今度は悪魔さんまでっ……」
キョメさんはぐすっ、ぐすっと鼻をすすりながら、悪魔さんに噛みついているGをボカボカと殴りつけます!
えいっ! えいっ!
しばらくしてなんとか撃退すると、また遠くで声がしました。
すぐに天井がなくなると自分たちを捕まえた大きな手のひらが、今度はGを次々につまみだしていきます。
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2人は抱き合いながら大きな枯れ葉の隙間から恐る恐る頭上を見上げます。
大きな手のひらの持ち主である巨大な少年と、巨大なフライパンを持った女の巨人。
女の巨人は顔を2人に近づけると、枯れ葉をつまみ上げました。
悪魔さんの顔をみた女の巨人は、あら、お久しぶりだね、と微笑みました。
続けて巨大な少年に向かって言いました。
「これはGを食べないどころか逆にGに食べられちゃうよ」
「だって…、校長先生が……」
泣きそうな少年の頭をさすりながら校長先生は言いました。
「ごめんなさい。私がちゃんと確認するんだったね。でも、タケシ君は偉いね。弱ってた生き物を見つけて、すぐに保護して連れてきてくれたんだもんね。生き返らせて元気にしてあげようとしたんだもんね、偉かったよ」
校長先生はフライパンを脇に置くと、ギリギリのところで泣くのをこらえているタケシ君を抱きしめます。
「いま私が魔法でもう少しこの子たちを元気にしてあげるから、そうしたら逃がしてあげようね」
タケシ君はうつむいたまま、ウンとうなずきました。
事情がどうにか理解できた悪魔さんたちは、聞こえてくる話を聞いて安心しました。
「そうか、あの少年は私たちを助けようとしてくれてたんスねぇ」
キョメさんがそういうと、頭部が大変なことになっている悪魔さんは、何かが出てきそうな頭を押さえながらうなずきます。
校長先生と呼ばれる女の巨人の指先が2人の前で止まり、ぽぉっと光ったかと思うと2人は魔力が少し回復したのがわかりました。
続けてもう一度巨大な指先がほのかに光ると、今度は身体中の傷が治っていきました。
「おぉ、これならキョメを抱えて飛べそうだぞ」
そういうと悪魔さんはキョメさんを後ろから抱えました。
巨大な虫かごから抜け出した悪魔さんたちに校長先生は笑顔で言いました。
「こんど悪だくみしたら、食べさせちゃうよ」
悪魔さんたちが校長先生の背後を見ると、置かれたフライパンの中に生焼けの小さな魔獣たちがたっぷり味付けされているのが見えました。
さぁ、タケシ君、他の子たちにも餌をやって――。校長先生が声をかけるとタケシ君はフライパンを持って檻の中の魔獣たちに声をかけていきます。
悪魔さんたちは飛び出さんばかりに大きく丸く目を見開くと身を強張らせました――。
(なんたる鬼畜! 魔獣を火あぶりにして半殺しにしたあと串刺しにして魔獣の餌にするとは! 人間のくせに悪魔のような所業……)
悪魔さんはパタパタパタパタ――と、翼を高速で羽ばたかせると飼育室の窓から外に出ていきました。もう、すっかり夕方です。
――うわっ。外に出ると雨が降り出しました。2人はとっさに頭上に目をやります。当然、天井はなく2人は顔を見合って笑い出しました。
「今日は晴れのはずなのに濡れっぱなしスね」
「そうだな。はやく、止むといいのぉ」
「……それにしても、うちらの魔力、どうしちゃったんスかね?」
「それな。また1からだな」
逃げる道すがら悪魔さんは思い出したように首をかしげます。
(あの校長とやら、わたしに「久しぶり」とか言っていたな、どこかで会っているということか……?)
その後2人は何やら次の作戦を話し合いながら裏山の闇の方へゆっくりと飛んでいきます。
――現実的なところで”いつか降りやむ程度”の血の雨で勘弁してやるか。
そうっスね、そのくらいで勘弁してやるっスかね――。
校長先生は外の2人を手を振るでもなく見送ると、そっと窓を閉じました。
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そうそう、イエラさんとユイオ君の2人は毎日スキルアップ講習に向けて練習をしているようです。
でも今日は雨宿りしながら暗くなるまでマジックボールを作っていて、満足に練習はできませんでした。
――ユイオ君、もう100個くらいできちゃってるよ、どうすんの?
知るか、もったいねえんだから仕方ないだろ――。
悪魔さんの溜めこんだ魔力って相当だったんですね(ユイオ君の魔力の許容量もすごいですが……)。
さて、悪魔さんの正体を校長先生は知っているようですが、そのお話については、いずれ、また。
今日もこの魔法学校では生き物係が大切に命を育んでいます。
(おしまい)
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