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「雨が強くなってきた!一旦どこかに避難しましょ!」
「そうは言っても、この雨じゃ中々雨宿りできそうなとこなんて……」
ざあざあと降りしきる雨を傘で受けながら、周囲を見渡した。
雨をしのげるようなところはない。
枯れ果てた大木、歪んだ家屋。
それらはこの雨では何の意味も持たない。
ただ時間が過ぎると共に、朽ちていくだけだ。
「このままじゃ……」
焦る姉の声。
確かに、この勢いではもう数分ももたない。
しかしどこにも避難できる場所は見つからない。
これは、もう。
「姉ちゃん、もう……」
「……いや、こんなところで」
焦っていた姉の顔が、徐々に青ざめていく。
それはそうだろう、いきなりこんな展開になるとは思っていなかったのだから。
「とにかく、こっちよ!」
傘を強く引いて姉が前に進み始めた。
ばちゃばちゃと水が跳ね、自分たちの服にかかる。
ひんやりとした感触が、じんわりと身体中に伝わっていくのを感じた。
「……あった!」
進めば進むほど雨は強まり、いよいよ終わりだと思われたその時だった。
一箇所だけ、雨がほとんど降っていない場所があった。
止まない豪雨から隔絶されたように、とても静かな雲の下。
そこにポツンと、休憩所が建っていた。
「入りましょ!」
急ぎ足で入り口に向かう。
近付くほど雨が弱まるのを感じながら、いざドアを開こうとすると、何かが引っかかっているのに気が付いた。
「人……?」
扉の前に服を着た人間が倒れている。
起こそうと、恐る恐る肩を掴み揺らす。
と。
「うわっ」
そこにいたのは、服を着ただけの白骨死体だった。
驚いてしりもちをつきそうになったが、そこを姉が支えてくれる。
「傘の中に入って」
気付けば少し傘から出てしまっていた。
髪の毛が湿っているのに気づいて、ぞっとする。
目の前で倒れているこの人は、間に合わなかったのだ。
傘に入るのが遅れていれば、自分もそうなっていたかもしれない。
「この人をどけましょう」
姉がこちらを見てそんなことを言う。
安全地帯に着いたというのに、驚くほど姉の表情は曇っていた。
「……けどその前に、手を合わせましょうか」
「あ、うん。じゃあ俺が傘を」
「ううん」
姉が右手を差し出してこちらを向いた。
「ほら、左手、出して?」
そういうことか、と納得して、俺は左手を伸ばす。
掌が触れ合い、熱が伝わる。
傘を挟んで、二人。
俺たちは死した無念な魂に、祈りをささげた。
「ごめんなさい」
姉は死体をどけ、扉を開けた。
数時間歩いたのちにたどり着いたその場所は。
死屍累々、だった。
俺たちは一瞬顔を見合わせて、黙ってまた手を合わせた。
傘をたたんで、休憩所の端に置く。
そのまま流れるように、6つほど並んでいた椅子の一つに倒れるように腰掛けた。
「疲れたね……」
俺の横に腰掛けた姉が言う。
その言葉に心底同意し、ちょうど視界に入った肩にしなだれかかる。
「少し、休もうか」
「……うん」
そこからどれくらい経っただろうか。
10秒かもしれないし、10分かもしれない。
雨が流れていく音が、耳の奥で飽和する感覚に襲われた。
意識を失う直前まで、俺の頭の中では同じことがぐるぐると渦巻いていた。
それは雨のことだった。
あの日降り始めた雨。
全てを消し去って見せた、間違いなく歴史上随一の天災。
アレは、悪意のない災害だった。
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