傘なんて意味ない

「今週発生した台風8号は、猛烈な勢力のまま東シナ海を東北方向に移動し、週末日本に上陸する見込みとなっており、金曜日頃から沖縄及び九州地方では激しい雨が続くとみられます。気象庁はー」

いつものアナウンサーさんが伝えているのは今週のお天気だ。梅雨がそろそろ明けると思ったのに、ここのところはずっと雨だ。

「えー、また台風なの？やだなあ、外でサッカーでもしたいよ」

ぼくは本心からがっかりした。校庭はずっと乾く時間がなく、ドッジボールもサッカーもケイドロも出来ていない。ゆうくんやザワたちとも最近はずっと教室で話してばかりで、思いっきり遊べていない。

「今週も家でゲームになりそうだなあ」
「だぁめ、ゲームばっかり。大体、宿題やったの」

かあさんが顔をしかめて言って来る。

「どうせ家にいるんだから、やらないといけないことになるよ」
「・・・まあ、それもそうね」

珍しくかあさんがしつこく問い詰めて来ない。いつもなら勉強しないとバカになる、って耳が腐って落ちちゃうぐらい聞かされるのに。
ここのところ、かあさんもとうさんも元気がない。ずっと雨だし、仕方がないのかな。大人でもずっと雨だと落ち込むものなのかな。
と、とうさんが急に明るく切り出した。

「なあ、明日どこか遊びに行かないか。博物館でも、アスレチックでも、ショッピングセンターとかでもいいからさ、こうちょっとパーッとなれるところに行こうや」

とうさんはいつも週末疲れた顔をしてテレビを見てるか寝てることが多い。そんなとうさんが自分からどこかに行こうと言うのはとても珍しいことだった。
と、思ったらかあさんが凄い勢いで言い返す。

「あんた、この状況で遊びに行こうって言うの？外なんか出たら―」
「まあ、いいじゃないか。たまにはさ・・・」
「わざわざ今、この雨の中で出たらどうなるか！」

かあさんもあんまり外出が好きな人じゃない。好きなお出かけと言えばアウトレットかレストランに行く時だ。確かに雨の中でわざわざ外へ行くのもめんどくさい。

「いけなくなる前に、いっておいた方が良いと思わないか」
「だからって・・・」
「社内で聞いたけど、高橋のところはみんな寝込んじゃって大変だって聞いたぞ。峰岸も急におかしくなっちまったし、吉田も昨日すごい咳き込んで帰ってったんだ。もう、誰に来てもおかしかない」
「・・・」
「な。行こうや、俺はずっとこのまま閉じこもったままなのは嫌だぜ。出来なくなる前に、やっておきたい事なんだ。お前ならわかるだろ」
「でも・・・でも」

なんだか難しい話をしてる。でも、とうさんの会社が大変なのはなんとなくわかる。学校でも、西田や遠坂が休んでる。先生は風邪だって言ってたけど、プリントは自分が届けるから僕たちが届けなくてもいいって言ってた。インフルエンザとかも流行ってるから、移し合わない様にしなきゃいけないらしい。他のクラスでももう何人かしばらく休みにしてる奴がいるらしい。

「帰りに、写真屋に行こう。家族写真、ちゃんとしたヤツが欲しいから」

ゲフゲフっととうさんが咳き込んだ。ここのところ元気がないのはとうさんも風邪を引いたからかもしれない。かあさんはすごく心配そうだった。なんで、風邪ぐらいで悲しい顔をするんだろう。かあさんも、先生も、すごく悲しそうな顔をする瞬間があった。風邪ならきっとすぐ治るはず。

「とうさん、大丈夫？」

思わず聞く。とうさんは、少し難しい顔をして、それから微笑んで言った。

「大丈夫だ。いっぱいかあさんとお前と遊んで、おいしいものいっぱい食べて、楽しい想い出をいっぱい作ったら、きっと大丈夫だ」

そうだよね。嫌なことがあっても、楽しいことがあれば忘れられる。雨が降り続いても、それでも楽しいことが出来れば、その内夏が来る。その前に、一度遊びに行けばいいんだ。

「うん、ぼくポテトがいっぱい食べたいな！あと、夕飯はハンバーグが良い！」
「ははは、お前のしあわせは安く済んで助かるな。よし、もう食えないってなるぐらい食べような！いっぱい楽しもう」

わあ、久しぶりに今週末は楽しくなりそうだ。来週、ゆうくんとかザワに会ったらたくさん自慢してやろう。楽しみだなぁ。

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「さて、今月16日に観測されたフィリピン沖での強い核反応ですが、アメリカ政府は中国、もしくはロシアが核兵器実験を行ったものとする見解を示しています。なお両国はこれを否定しており、事実の解明は一向に進んでいません。
先週日本にも上陸しました台風7号の通過以降、台湾や日本、韓国などで健康被害を訴える人が急増し、核爆発で発生した放射性物質が雨中に含まれているのではないかと専門家は分析しています。
お伝えしております通り、今週末には台風8号が上陸する見込みで、政府は国民に極力外出を控えることや、フェイスマスクやフェイスシールドを屋内でも使用するよう勧告をしています―」