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城戸高校帰宅部の夜
城戸(きと)高校2年、帰山戻郎(かえりやまもどろう)は帰宅部である。
その日は、彼には珍しく、文化祭の準備を手伝う為に遅くまで手伝いをしていた為に、帰宅は18時以降となってしまった。
終業即帰宅を心がけている戻郎でさえも、文化祭の手伝いをサボる事はクラスメイトとの仲を悪化させ、今後の学生生活、そして帰宅生活に響くと考え、渋々協力する事にしたのだ。
学校では明日に迫った文化祭に学校中が色めき立ち、期間限定のカップルがそこら中に溢れ、年頃の戻郎も、その流れに乗ればワンチャンあるかもしれないという空気であった。
しかし、そこは生粋の帰宅部の戻郎。
クラスの連中が学校から追い出された以降も、どこかで集まろうと話しているのを余所目に帰路についたのである。
しかし、そんな帰宅の開放感に溢れた戻郎に一つの影が忍び寄った。
その影は、静かに戻郎の背後に近づくと、トントンと人差し指でその背中を叩く。
「先輩、今帰りですか?」
その背中を叩いたのは、戻郎と同じく帰宅部に所属する1年女子の返田還(かえしだめぐる)であった。
数カ月前まで、帰宅部は戻郎のみであったのだが、全国帰宅部の雨の日の祭典「やまない雨選手権」で戻郎の活躍を見た数人の生徒が何を思ったか、帰宅部への入部を希望したのである。
彼女はその時に帰宅を入部したうちの一人であった。
「先輩でも流石に文化祭の誘惑には勝てなかった様ですね。」
還が後ろに束ねた髪を振りながら冷やかしの言葉をかけると、戻郎はむすっとした表情で返した。
「違う。学校生活の悪化は帰宅生活の悪化に繋がるからな、仕方が無くだ。」
そう言った戻郎を還はクツクツ笑った。
「またまたー。」
戻郎は今度はまともに還の煽りに取り合わず、指をピンと一本立てて説明しだした。
「それに、こういった晴れた夜に向いている帰宅コースがあるんだ。」
その言葉を聞いた還は興味深そうに目を輝かせながら戻郎に問いかけた。
「本当ですか!?私にも紹介してください!」
よし来たとでもいう様に戻郎は頷き、そして還に再び問いかけた。
「ところで、お前の家の方向ってどっちだっけ?」
――数分後、2人はある林の中の道を進んでいた。
林の中は月の光も中々入りにくい為に、還は少し不安になっていた。
一方で、戻郎は林の中にある道をずんずん進んでいく。
不幸中の幸いか、林の中の道は雑草がちゃんと処理されており、
還の脚に雑草が触れたりする事は無かった。
「先輩…。本当にこの先に何かあるんですか?」
そう怪訝そうな顔で言う還に戻郎は返す。
「暗くてすまんな。もうちょっとで着くから、少し辛抱してくれ。」
そして2人が進んでいくと、目の前に開けた場所が現れたのである。
「ふー…。やっと明るい所に出れたー。」
そう安心して、手に膝をついた還に戻郎が話しかける。
「返田。上見てみろ。」
「え?」
還が真上を向くと、そこには夜の暗闇を一面照らし出さんばかりの星々が満ち満ちていた。
その様子は「星降る夜」という表現がまさしく適していると言える程であった。
「すっごい…。」
還はその星々の光に恍惚として、じっくり眺めた。
戻郎も共に空を見上げ、還に語りかける。
「ここまでハッキリ見える場所となると、周りに光が無い場所に限定されるからな。
だからこういう所に来たんだ。大変だったろ。すまんな。」
「本当ですよ!ローファーとか土だらけですし、取るの面倒ですよ!でも、まあ…。」
還は少し文句を言った後に、また星空を見上げ、小さく呟いた。
「本当に…。綺麗ですね…。」
2人はその後、何も言わずに共に星を眺め続けた。
――森の反対側を抜け、しばらく歩くと、還は見覚えのある道に着いた事に気がついた。
「あ、ここに着くんだ。」
還はそう言って、また少し歩いた後に今度は戻郎を追い抜いて、振り返って言った。
「先輩、私の家、かなり近いんでここで大丈夫ですよ。」
「お、そうか、じゃあ、また今度な。」
そう言って去ろうとした戻郎に還はある事に気がついて、急遽呼び止めた。
「先輩!もしかして、先輩の家って、こっちの方角じゃないんですか?」
その言葉に戻郎は降り返って答える。
「まあ、そうだな。」
「なんで遠回りしたんですか?」
呆然とした様子の還に戻郎は何げなく返す。
「まあ、夜道に女子一人は危ないしな。それに…。」
戻郎は微笑みながら少し気恥ずかしそうに還に言葉をかける。
「お前と星を見るのも楽しいかなと思っただけだよ。」
その言葉に一瞬、還は目を丸くしたが、直後に噴き出して言葉を返した。
「先輩、そういった所がウカツですよ。」
その言葉の意図を汲もうと戻郎はしようとしたが、すぐさま、還がそれを邪魔するかの様に言葉を差し込んできた。
「じゃ、先輩、また明日。文化祭楽しみましょうね~。」
そう言って、そそくさと去って行った還の後姿を見送り、戻郎も月照らす帰路に着いた。
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