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「今日はなんだかお疲れみたいだね」
「…別に、疲れてるわけじゃない」
そう言って顔を逸らすと、ふとカウンターに置かれた小さな猫の置き物が目に入った。
それに無意識にあいつの瞳を思い出して、奏一は眉を寄せる。
「…おかしなヤツに会って、うんざりしただけだ」
「おかしなヤツ?」
「ギブソンとか大分年季の入ったギター持ってて、塀とか木とかヒョイヒョイ乗り上げる野良猫みたいなヤツ」
カウンターに頬杖をついてブツブツと説明する奏一に、「なるほど。確かに『おかしなヤツ』だ」と綾人がクスクス笑う。
ギブソンのアコギなんて渋い趣味、あんな自由人みたいなヤツが持っているとも思えない。
でも不思議と違和感を感じなかった。
その手に収まるギターが、妙にしっくりと馴染んでいた。
普通ならギターを持ち歩くようなヤツには嫌悪感を覚える。
なのにアイツにはそれを感じなかった。
だから、あんなことを呟いてしまったのだ。
アイツは危険だ。
きっと関われば、今の日常が崩れてしまう。
「興味持っちゃったんだ。その野良猫くんに」
「は?」
かけられた声に我に返れば、何処か面白がっているような瞳とぶつかる。
言葉を失う奏一に、綾人はにこりと微笑みかけた。
「気になって仕方ないって顔してたよ。奏一くん、クールそうに見えて意外と顔に出るよね」
「そ、そんなんじゃないし。誰があんなヤツとなんか…」
むしろ逆だ。
俺はあいつに関わりたくない。
関われば、きっと碌でもないことになる。
「俺はさ、あんまり人様のことにどうこう言うつもりはないけど」
僅かにカウンターに溢れたブレンドを拭き取り、綾人は奏一を見据える。
そして少し困ったような笑みを浮かべて、彼は静かに告げた。
「そんな無理に暗示をかけ続けても、君が苦しくなるだけだよ」
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